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日蓮大聖人『御書』解説

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2026年 03月 01日

正師・善比丘の明文 5

 提婆達多・阿闍世王の悪事は・ひとへに第六天の魔王のたばかりとこそみて候へ。まして「如来の現在にすら猶怨嫉多し。況んや滅度の後をや」と申して大覚世尊の御時の御難だにも凡夫の身・日蓮等がやうなる者は片時一日も忍びがたかるべし。まして五十余年が間の種種の大難をや。まして末代には此等は百千万億倍すぐべく候なる大難をば・いかでか忍び候べきと心に存して候いしほどに、聖人は未萠(みぼう)を知ると申して三世の中に未来の事を知るを・まことの聖人とは申すなり。
 而るに日蓮は聖人にあらざれども日本国の今の代にあたりて・此の国亡亡たるべき事をかねて知りて候いし に、此れこそ仏のとかせ給いて候・況滅度後の経文にあたりて候へ。此れを申しいだすならば仏の指させ給いて候未来の法華経の行者なり。知りて而かも申さずば世世・生生の間・をうし(瘖)・ことども(瘂)り生(れ)ん上、教主釈尊の大怨敵・其の国の国主の大讎敵(しゅうてき)・他人にあらず、後生は又無間大城の人・此れなりとかんがへみて、或は衣食(えじき)にせめられ、或は父母・兄弟・師匠・同行にもいさめられ、或は国主万民にも・をどされしに、すこしもひる(撓)む心あるならば一度に申し出ださじと・としごろ・ひごろ(年来・日来)心をいましめ候いしが、抑(そもそも)過去遠遠劫より定めて法華経にも値い奉り菩提心も・をこしけん。なれども設い一難二難には忍びけれども大難次第につづき来たりければ退(たい)しけるにや。今度いかなる大難にも退せぬ心ならば申し出だすべしとて申し出だして候いしかば、経文にたがわず此の度度の大難にはあいて候いしぞかし。

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 釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌千界の御利生、今度みはて(見果)候はん。あわれ・あわれ・さる事の候へかし。雪山童子の跡ををひ・不軽菩薩の身になり候はん。いたづらに・やくびやう(疫病)にや・をかされ候はんずらむ。をいじに(老死)にや死に候はんずらむ。あらあさまし・あさまし。
 願くは法華経のゆへに国主に
あだまれて、今度・生死をはなれ候わばや。天照太神・正八幡・日月・帝釈・梵天等の仏前の御ちかい・今度心み候わばや。事事さてをき候いぬ。各各の御身の事は此れより申しはからうべし。さで・をはするこそ法華経を十二時に行ぜさせ給うにては候らめ。あなかしこ・あなかしこ。御みやづかい(士官)を法華経とをぼしめせ。「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは此れなり

 而るに此の三十余年の三災・七難等は一向に他事を雑えず。日本一同に日蓮をあだみて国国・郡郡・郷郷・村村・人ごとに・上一人より下万民にいたるまで前代未聞の大瞋恚(だいしんに)を起せり。見思未断の凡夫の元品(がんぽん)の無明(むみょう)を起す事・此れ始めなり。神と仏と法華経にいのり奉らばいよいよ増長すべし。但し法華経の本門をば法華経の行者につけて除き奉る。結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし。
 止観の十境・十乗の観法は天台大師・説き給いて後、行ずる人無し。妙楽・伝教の御時少し行ずといへども敵人ゆわ(弱)きゆへにさてすぎぬ。止観に三障・四魔と申すは権経を行ずる行人の障(さわ)りにはあらず。今日蓮が時、具(つぶ)さに起これり。又天台・伝教等の時の三障四魔よりも・いま・ひとしを(一入)まさりたり。
 一念三千の観法に二つあり。一には理。二には事なり。天台・伝教等の御時には理なり、今は事なり。観念すでに勝る故に大難又色まさる。彼は迹門の一念三千、此れは本門の一念三千なり。天地はるかに殊なり・ことなりと、御臨終の御時は御心へ有るべく候。恐恐謹言。

 源にごりぬれば流きよ(清)からず、天くもれば地くら(暗)し。父母謀反をおこせば妻子ほろぶ、山くづるれば草木た(倒)ふる・ならひなれば、日本六十六ケ国の比丘・比丘尼等の善人等・皆無間地獄に堕つべきなり。されば今の代に地獄に堕つるものは、悪人よりも善人、善人よりも僧尼、僧尼よりも持戒にて智慧かしこき人人の阿鼻地獄へは堕ち候なり。
 此の法門は当世・日本国に一人もし(知)りて候人なし。ただ日蓮一人計りにて候へば、此れを知つて申さずば日蓮・無間地獄に堕ちて・うかぶ期(ご)なかるべし譬へば謀反のものを・しりながら国主へ申さぬとが(失)あり。申せばかたき雨のごとし・風のごとし・むほんのもののごとし・海賊山賊のもののごとし、かたがた・しのびがたき事なり。例せば威音王仏の末の不軽菩薩のごとし。歓喜仏のすえの覚徳比丘のごとし。天台のごとし、伝教のごとし。又かの人人よりも・かたきすぎたり。かの人人は諸人ににくまれたりしかども、いまだ国主にはあだまれず。これは諸人よりは国主にあだ(怨)まるる事・父母のかたきよりも・すぎたるをみよ。

  然るに道隆の死して身の舎利となる由の事。是は何とも人知らず、用いまじく候へば、兎角(とこう)申して詮は候はず。但し仏の以前に九十五種の外道ありき。各各是を信じて仏に成ると申す。又皆人も一同に思いて候し程に、仏・世に出でさせ給いて九十五種は皆地獄に堕ちたりと説かせ給いしかば、五天竺の国王・大臣等は仏は所詮なき人なりと申す。
 又外道の弟子どもも・我が師の上を云はれて悪心をかき候。竹杖外道(ちくじょうげどう)と申す外道の目連尊者を殺せし事是なり。苦得外道と申せし者を仏記して云く、七日の内に死して食吐鬼と成るべしと説かせ給いしかば、外道瞋(いか)りをなす。七日の内に食吐鬼と成りたりしかば、其れを押し隠して得道の人の御舎利買うべしと云いき。其より外に不思議なる事数を知らず。
但し道隆が事は見ぬ事にて候へば如何様(いかよう)に候やらん。但し弘通(ぐつう)するところの説法は共に本(もと)権教より起こりて候しを、今は教外(きょうげ)別伝と申して物にくるひて我と外道の法と云うか。其の上・建長寺は現に眼前に見へて候。日本国の山寺の敵とも謂(い)いつべき様なれども、事を御威(ぎょい)に・よせぬれば皆人恐れて云わず。是は今生を重くして後生は軽くする故なり。されば現身に彼の寺の故に亡国すべき事当たりぬ。
 日蓮は度度知つて日本国の道俗の科(とが)を申せば、是は今生の禍(わざわい)、後生の福(さいわい)なり。但し道隆の振舞は日本国の道俗知りて候へども、上(かみ)を畏(おそ)れてこそ尊み申せ・又内心は皆うとみて候らん。仏法の邪正こそ愚人なれば知らずとも、世間の事は眼前なれば知りぬらん。又一は用いずとも人の骨の舎利と成る事は易く知れ候事にて候。仏の舎利は火にやけず・水にぬれず、金剛のかなづちにて・うてども摧(くだ)けず。一くだきして見よかし。あらやすし・あらやすし。
 建長寺は所領を取られて・まどひたる男どもの入道に成りて、四十・五十・六十なんどの時、走り入りて候が、用は之れ無く・道隆がかげ(蔭)にしてすぎぬるなり。云うに甲斐なく死ぬれば不思議にて候を、かくして暫くもすぎき。
 又は日蓮房が存知の法門を人に疎ませんとこそ・たばかりて候らめ。あまりの事どもなれば誑惑(おうわく)顕われなんとす。但しばらく・ねう(忍)じて御覧ぜよ。根露(あらわ)れぬれば枝か(枯)れ、源渇(かわ)けば流れ尽くると申す事あり、恐恐謹言。

 而るに又代東(よ・あずま)にうつりて年をふるままに、彼の国主を失いし真言宗等の人人・鎌倉に下り相州の足下にくぐり入りて、やうやうにたば(欺)かる故に、本(もと)は上臈なればとて・すかされて鎌倉の諸堂の別当となせり。又念仏者をば善知識とたのみて大仏・長楽寺・極楽寺等とあがめ、禅宗をば寿福寺・建長寺等と・あがめをく。隠岐の法皇の果報の尽き給いし失(とが)より百千万億倍すぎたる大科・鎌倉に出来せり。
 かかる大科ある故に天照太神・正八幡等の天神・地祇(ちぎ)・釈迦・多宝・十方の諸仏、一同に大いに・とがめさせ給う故に、隣国に聖人有りて万国の兵(つわもの)をあつめたる大王に仰せ付けて、日本国の王臣万民を一同に罰せんと・たくませ給うを、日蓮かねて経論を以て勘へ候いし程に、此れを有りのままに申さば国主もいか(怒)り、万民も用ひざる上、念仏者・禅宗・律僧・真言師等定めて忿(いか)りをなしてあだを存じ、王臣等に讒奏(ざんそう)して我が身に大難おこりて弟子乃至檀那までも、少しも日蓮に心よせなる人あらば科(とが)になし、我が身もあやうく命にも及ばんずらん。いかが案もなく申し出だすべきとやすらひ(休)し程に、外典の賢人の中にも世のほろぶべき事を知りながら申さぬは諛臣(ゆしん)とて・へつらへる者・不知恩の人なり。されば賢なりし竜逢(りゅうほう)・比干なんど申せし賢人は、頚(ぐび)をきられ・胸をさかれしかども、国の大事なる事をば・はばからず申し候いき。
 仏法の中には仏いましめて云く、法華経のかたきを見て・世をはばか(憚)り・恐れて申さずば釈迦仏の御敵、いかなる智人・善人なりとも必ず無間地獄に堕つべし。譬へば父母を人の殺さんとせんを・子の身として父母にしらせず、王をあやまち奉らんとする人のあらむを・臣下の身として知りながら・代をおそれて申さざらんがごとしなんど禁(いましめ)られて候。

 今・日本国すでに大謗法の国となりて他国にやぶらるべしと見えたり。此れを知りながら申さずば、縦(たと)ひ現在は安穏なりとも後生には無間大城に堕つべし。後生を恐れて申すならば流罪・死罪は一定(いちじょう)なりと思い定めて・去ぬる文応の比(ころ)、故最明寺入道殿に申し上げぬ。されども用い給う事なかりしかば、念仏者等此の由を聞きて上下の諸人をかたらひ打ち殺さんとせし程に・かなはざりしかば、長時武蔵の守殿(こうどの)は極楽寺殿の御子なりし故に、親の御心を知りて理不尽に伊豆の国へ流し給いぬ。されば極楽寺殿と長時と彼の一門・皆ほろぶるを各(おのおの)御覧あるべし。
 其の後何程(いかほど)もなくして召し返されて後、又経文の如く弥(いよい)よ申しつよる。又去ぬる文永八年九月十二日に佐渡の国へ流さる。日蓮・御勘気の時申せしが如く・どしうち(同士打)はじまりぬ。それを恐るるかの故に又召し返されて候。しかれども用ゆる事なければ万民も弥弥悪心盛んなり。

 唐(もろこし)の代宗皇帝の代に蓬子(ほうし)将軍と申せし人の御子、李如暹(りじょせん)将軍と申せし人、勅定(ちょくじょう)を蒙(こうむ)りて北の胡地を責めし程に、我が勢・数十万騎は打ち取られ・胡国に生け取られて四十年、漸(ようや)くへ(経)し程に妻をかたらひ・子をまうけたり。胡地の習い・生取(いけどり)をば皮の衣を服せ・毛帯をかけさせて候が、只正月一日計り唐の衣冠をゆるす。一年ごとに漢土を恋いて肝をきり涙をながす。而(さ)る程に唐の軍おこりて唐の兵(つわもの)胡地をせめし時、ひまをえて胡地の妻子をふりすてて・に(逃)げしかば、唐の兵は胡地のえびすとて捕へて頚をきらんとせし程に、とかうして徳宗皇帝にまいらせてありしかば、いかに申せども聞(きき)もほどかせ給はずして、南の国・呉越と申す方へ流されぬ。李如暹・歎いて云く、進んでは涼原の本郷(ふるさと)を見ることを得ず、退ては胡地の妻子に逢ふことを得ず云云。此の心は胡地の妻子をもすて・又唐(もろこし)の古き栖をも見ず。あらぬ国に流されたりと歎くなり。我が身には大忠ありしかどもかかる歎きあり。
 日蓮も又此くの如し。日本国を助けばやと思う心に依りて申し出だす程に、我が生れし国をもせかれ・又流されし国をも離れぬ。すでに此の深山にこもりて候が、彼の李如暹に似て候なり。但し本郷(ふるさと)にも・流されし処にも妻子なければ歎く事は・よもあらじ。唯父母のはか(墓)と・な(馴)れし人人のいかがなるらんと、をぼつかなしとも申す計りなし。
 但うれしき事は武士の習ひ、君の御為に宇治・勢多(せた)を渡し、前(さき)をかけなんどしてありし人は、たとひ身は死すれども名を後代に挙げ候ぞかし。日蓮は法華経のゆへに度度所をおはれ・戦(いくさ)をし、身に手をお(負)ひ・弟子等を殺され・両度まで遠流せられ・既に頚に及べり。是れ偏に法華経の御為なり。
 法華経の中に仏・説かせ給はく、我が滅度の後、後の五百歳・二千二百余年すぎて此の経・閻浮提(えんぶだい)に流布せん時、天魔の人の身に入りかはりて此の経を弘めさせじとて、たまたま信ずる者をば、或はのり打ち・所をうつし・或はころし・なんどすべし。其の時・先(まず)さきをしてあらん者は三世十方の仏を供養する功徳を得べし。我れ又因位の難行・苦行の功徳を譲るべしと説かせ給う取意

 法華最第一の経文を見ながら、大日経は法華経に勝れたり・禅宗は最上の法なり・律宗こそ貴けれ・念仏こそ我等が分にはかなひたれと申すは、酒に酔える人にあらずや。星を見て月にすぐれたり・石を見て金にまされり・東を見て西と云い・天を地と申す物ぐるひを本として、月と金(こがね)は星と石とには勝れたり・東は東・天は天なんど有りのままに申す者をばあだ(怨)ませ給はば・勢(せい)の多きに付くべきか。只物(もの)ぐるひの多く集まれるなり。されば此等を本とせし・云うにかひなき男女の皆地獄に堕ちん事こそあはれに候へ。
 涅槃経には仏説き給はく、末法に入つて法華経を謗じて地獄に堕つる者は大地微塵(みじん)よりも多く、信じて仏になる者は爪の上の土よりも少なしと説かれたり。此れを以つて計らせ給うべし。日本国の諸人は爪の上の土、日蓮一人は十方の微塵にて候べきか。然るに何(いか)なる宿習にてをはすれば御衣をば送らせ給うぞ。爪の上の土の数(かず)に入らんとをぼすか。

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真筆本文箇所(第五紙):又云不信者不堕地獄云云~彼廣学多聞乃者也 迄。

 総じて御心へ候へ、法華経と爾前と引き向えて勝劣・浅深を判ずるに当分・跨節の事に三つの様有り。日蓮が法門は第三の法門なり。世間に粗(ほぼ)夢の如く一二をば申せども・第三をば申さず候。第三の法門は天台・妙楽・伝教も粗之を示せども未だ事了(こと・お)えず。所詮末法の今に譲り与えしなり。五五百歳は是なり。
 但し此の法門の御論談は余は承らず候。彼は広学多聞の者なり。
はばか(憚)り・はばかり・み(見)た・みたと候いしかば、此の方のまけなんども申しつけられなば・いかんがし候べき。但し彼の法師等が彼の釈を知り候はぬは・さてをき候いぬ、六十巻にな(無)しなんど申すは天のせめなり。謗法の科(とが)の法華経の御使ひに値うて顕はれ候なり。

 問うて云く、凡(およ)そ仏法を能く心得て仏意に叶へる人をば世間に是を重んじ・一切是を貴む。然るに当世法華経を持つ人人をば世こぞつて悪(にく)み・嫉(ねた)み・軽しめ・賤しみ・或は所を追ひ出し・或は流罪し・供養をなすまでは思いもよらず、怨敵の様に・にくまるるは・いかさまにも心わろくして仏意にもかなはず・ひが(僻)さまに法を心得たるなるべし。経文には如何が説きたるや。
 答えて云く、経文の如くならば末法の法華経の行者は人に悪(にく)まるる程に持つを実の大乗の僧とす。又経を弘めて人を利益する法師なり。人に吉(よし)と思はれ人の心に随いて貴しと思はれん僧をば法華経のかたき・世間の悪知識なりと思うべし。此の人を経文には猟師の目を細めにして鹿をねらひ、猫の爪を隠して鼠をねらふが如くにして・在家の俗男・俗女の檀那をへつ(諛)らい・いつわ(偽)り・たぼ(誑)らかすべしと説き給へり。
 其の上・勧持品には法華経の敵人・三類を挙げられたるに、一には在家の俗男・俗女なり。此の俗男・俗女は法華経の行者を憎み・罵(ののし)り・打ちはり・きり殺し・所を追ひ出だし・或は上(かみ)へ讒奏して遠流(おんる)し・なさけなくあだむ者なり。
 二には出家の人なり。此の人は慢心高くして内心には物も知らざれども、智者げにもてなして世間の人に学匠と思はれて・法華経の行者を見ては怨(あだ)み・嫉(ねた)み・軽しめ・賤しみ、犬野干よりも・わろきようを人に云いうとめ、法華経をば我一人心得たりと思う者なり。
 三には阿練若(あれんにゃ)の僧なり。此の僧は極めて貴き相を形(かたち)に顕はし、三衣(さんね)・一鉢を帯して山林の閑(しず)かなる所に篭(こも)り居て、在世の羅漢の如く諸人に貴まれ・仏の如く万人に仰がれて、法華経を説の如くに読み持(たも)ち奉らん僧を見ては憎み・嫉んで云く、大愚癡の者・大邪見の者なり、総て慈悲なき者・外道の法を説くなんど云わん。上一人より仰いで信を取らせ給はば・其の已下万人も仏の如くに供養をなすべし。法華経を説の如くよみ持たん人は、必ず此の三類の敵人に怨まるべきなりと仏説き給へり。


by johsei1129 | 2026-03-01 17:33 | 御書 INDEX・略歴 | Trackback | Comments(0)


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