御そうぜんれう送り給い了んぬ、すでに故入道殿のかくるる日にて・おはしけるか、とかう・まぎれ候いけるほどに・うちわすれて候いけるなり、よもそれにはわすれ給はじ。
蘇武と申せし男は漢王の御使に胡国と申す国に入りて十九年めもおとこをはなれ・おとこもわするる事なし、あまりのこひしさに・おとこの衣を秋ごとにきぬたのうへにて・うちけるが・おもひやとをりて・ゆきにけん・おとこのみみにきこへたり、ちんしといいしものは・めおとこ・はなれけるに・かがみをわりて・ひとつづつ・とりにけり、わするる時はとりとび去りけり、さうしといゐしものは・おとこをこひてはかにいたりて木となりぬ、相思樹と申すはこの木なり、大唐へわたるにしかの明神と申す神をはす・おとこのもろこしへ・ゆきしをこひて神となれり・しまのすがたおうなににたり、まつらさよひめといふ是なり、いにしへより・いまにいたるまでをやこのわかれ主従のわかれ・いづれかつらからざる、されども・おとこをんなのわかれほど・たとげなかりけるはなし、過去遠遠より女の身となりしが・このおとこ娑婆最後のぜんちしきなりけり。
ちりしはな・をちしこのみも・さきむすぶ・いかにこ人の・返らざるらむ。
こぞもうく・ことしもつらき・月日かな・おもひはいつも・はれぬものゆへ。
妙心尼御前御返事 弘安二年十一月 五十八歳御作