2023年 05月 13日
寿量品談義 覚真日如(二十六代 日寛)講述 文啓日厳(三十代 日忠)丁聞 妙法蓮華経如来寿量品第十六 爾時仏告諸菩薩及一切大衆○無量無辺百千万億那由他劫他已上 一、談議興起云云。歩(あゆみ)を運び説法を丁聞(ちょうもん)し玉ふべき事専なり。若し爾らずんば罪を得べきなり。珠林卅三(四)に云く、優婆塞(うばそく)戒経に曰く、若し優婆塞・六重戒を受持し已って四十里の中に法を講ずる処有り、往いて聴くこと能はずんば失意罪を得ん已上。此の文得失意罪とは、箋難(せんなん)二(卅一)文随四末(十一)に云く、得失意罪とは其の報不如意を受く故、報を以て罪と名づく故に失意と云ふ已上。此等の文の意は四十里中に説法有るに往いて之を聞かずんば、意に願ふ事一切叶ふべからざるなり。 若し爾らば来りて丁聞する功徳如何。 答ふ、三国伝一四十九に云く、維摩(ゆいま)長者と曰ふ人あり、歳八十有余にして始めて仏が説法の砌(みぎ)りへ参る。道間其の家より四十里歩なり。仏に申して曰く、法を聞くが為に四十里歩参る其の功徳何量ぞや。 仏即ち答へ玉ふ、汝が歩む足の土を取りて塵となし其の塵の数に随って一塵に一劫づゝの罪を滅し、亦寿の長きこと此の塵の員(かず)と同じからん。又世々に仏に値ひ奉ること此の塵に同じく無量無辺ならん。 又因縁経に云く、法を聞くが為に一歩すれば万億生死の罪を滅す已上。然れば歩を運びて聞くと聞かざると罪福既に雲泥なり。何ぞ最裏世路に抱(拘)って来って之を聞かざらんや。恨ては(らく)各道の近きことを云云。 吾れは是れ田舎辺鄙の僧なり、恐らくは言語の訛(なま)り有らんことを云云。 名義三(十二)に云く、摩竭提(まかつだい)此に善勝と云ふ、又無悩と云ふ。西域記に云く、摩竭陀(まかだ)旧に摩伽陀と曰ふ、又曰く摩竭提は皆訛なり已上。 同十九丁に曰く阿耨達○西域記に云く、阿那婆答多池(あなばだったち)旧に阿耨達池(あのくたっち)は訛なり已上(取意)。此等皆音近きが故なり、然りと雖も同じ仏の成道の国の中天笠なり、別国無きなり。又同じく是れ香山の南、雪山の北周り八百里の無熱池なり云云。弘一上(五十三)に本、天梯と名づく、謂く其の山高くして登らば天に昇るべし、後大い訛伝せり。故に天笠の已上声の訛り文字の訛り有りと雖も、今且らく声の訛りの義に依る。謂く天テイ天ダイ声近き故なり。然りと雖も異処に非ず。智者大師所栖の四万八千丈の山なり。少しく言語の訛り有りと雖も其の体異なるべからざるなり。 多分花洛は訛り無く、田舎は甚だ多し、然ると雖も亦少分は互いに通ずるか。宗々の祖師多分は田舎の所生なり。 釈書十六(六)に云く、日本紀に云く、神功皇后、肥前の国松浦(まつら)県に到りて食を進む、玉嶋の里小河の側に於て釣竿を挙げて細鱗魚を得、曰く希見物(めつらもの)なり。希見此に梅豆羅志(めつらし)と云ふ。故に時の人其の処を号(なづ)けて梅豆羅国(めつらこく)と曰ふ。今松浦と謂ふは訛なり、是れ和国の訛なり。 風俗と云ふ事書註三(廿に)補註十四に云く、漢書に云く、凡人五常の性を含み剛柔緩急音声同じからず、水土に繋って風気と云ふ。謂云く風動静無常に随ひ君の上の情欲の故に之を俗と謂ふなり云云。 ○伝教大師は近州滋賀郡なり、義真は相州の人なり、慈覚は下野都賀郡、智証は讃州那珂郡の人、弘法は讃岐多度の郡の人、釈書一(廿七にあり)。法然は美作国久米南条稲岡の庄人なり。書註一(廿一) 往見、又は釈書に言語は国々の風俗なれば此等の祖師も其の国々の言なるべし。此等は且らく之を置く。 吾が祖師大聖人は安房国長狡(狭)郡の御生れなり。兼て誡めて云く。 御書卅一七に云く、惣じて日蓮が弟子京に登りぬれば始は忘れざる様にて天魔付いて物にくるう、定めて言つき音なんども京なめりに成りぬるらん。鼠(ねずみ)が蝙蝠(こうもり)に成りたる様にあらん、鳥にもあらず鼠にもあらず、田舎法師にもあらず京法師にも似ず。セウ房がやうに成りぬと覚ゆ、言をば但田舎にてあるべし中々あしきやうにてあるなり已上。 然れば世間の言田舎訛(なまり)になまるも只成仏の言の訛りなきこそ真実の訛りなしと云ふものなり。縦令(たとい)世間の言に訛りなしとも成仏の言訛らば三国無双の大訛りなるべし。其の訛り無き成仏の言とは如何。謂く本門寿量品の文底に秘して沈めたまふ処の南無妙法蓮華経是れなり。此れ則ち宗祖の教への如く唱ふるが故なり。 開目抄上七云く、一念三千の法門は唯法華経の本門寿量品の文の底に秘して沈めたまへり。 観心本尊抄廿三に云く、是好良薬は寿量品の肝心・名体宗用教の南無妙法蓮華経なり。 撰時抄下(廿三)に云く、寿量肝心南無妙法蓮華経の末法に流布せんする故に此の菩薩を召し出せり。 其の外之れ多しと雖も之を畧す。宗師の教の如く本門寿量の事の一念三千の南無妙法蓮華経と唱へ奉る、是れ則ち訛り無きなり。御書の中に尚神力品の南無妙法蓮華経と無しと云へり、況んや本迹一致の南無妙法蓮華経をや、何に況んや四十余年の未顕真実の念仏の大訛りをや。少く勧進云云。値ひ難きに値ふと云云。 次に当寺の事は富士山白蓮阿闍梨日興上人の開基大石寺の末派なり。富士とは大日本国東海道十五ケ国の内駿河国富士郡の山なり。故に富士山と云ふ、根本の名をば大日蓮華山と云ふなり。是れ則ち山の頂き八葉の白蓮花に似たる故なり。三国伝十二(終)往見又陰長記下学集云云。又天照大神をば日の神とも云ふなり。教主釈尊をば日種とも恵日とも名づけ奉るなり。国をば大日本国、処は大日蓮花山。 宗祖は日蓮大聖人所弘の法体本門寿量の妙法と即ち日天子の如きなり。 薬王品に云く、又如日天子、能除諸闇、此経亦復如是已上。 玄一(廿三)に云く、日星月を映奪し現ぜざらしむ、故に法華迹を払って方便を除く故・已上。御書廿四(十一)に云く、日蓮が云く迹門を月に譬へ、本門を日に譬ふる歟(か)・已上。 然れば所弘の法体は本門寿量の妙法、如日天子の大法なり。能説の教主釈尊は日種なり能弘の人は日蓮大聖人、守護の神明は日の神、国は大日本国、処は大日蓮華山なり。此の如く不思議に自然法爾(ほうに)と凾蓋(かんがい)相応すること意を以て推す可きなり。
次に日興上人の事具(つぶさ)に御伝別紙の如し云云。六老の中の第三なり、二ケ相承云云。 或ひは問ふて云く、何ぞ第三の弟子に附属し玉ふや。 答ふ、既に付属決定なり。其の器に堪へたる故なり。粗例証の一二を伺ふに、帝の太子に丹朱と云ふあり、而るに位を譲らず瞽叟(そうひ)と云へる民の子に重華(ちょうか)と云ひし者を尋ね出して位を譲り玉へり、即ち舜王是れなり。 又舜の太子に商均と云へるあり、又位を譲らず、夏の文命に位を譲る、夏の禹王(うおう)是れなり。書註三(十一、二)三国伝七(五丁十一丁)其の外云云。 御書十九(五十七)に、但し不孝の者は父母のあとをつがず。王には丹朱と云ふ太子、舜王には商均と申す王子あり。二人とも不孝の者なれば父に捨てられ現身に民となる。重華と夏の禹とは共に民の子なり。孝養の意深くありしかば堯舜二りの王召して位を譲り玉ひき已上。 世間の賢王すら此の如く、其の賢を愛して王位に即(つ)か令む、何に況んや出世の法王何んぞ其の次第に拘らんや。故に興師の賢徳之れを推す可し。岩本能化其の外云云。 大石寺縁起の事亦別紙に云云。目師へ御付属の事云云。所詮教主釈尊は迹化地方の大菩薩等を押し止め、涌出品にして本化の菩薩を召し出して、寿量品に之を宣べ神力品に於て正しく之を附属するなり。 御書八(廿)に云く、所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず。末法の始は謗法の国悪機なるが故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召し、寿量品の肝心妙法蓮華経の五字を以て、閻浮の衆生に授与せしめ玉ふなり云云。 祖師此に寿量品の肝心妙法蓮華経を弘め玉ふに、三箇の秘法之れ有り。 御書九(十一)に云く、問ふ如来の滅後二千余年に竜樹・天親・天台・伝教の残し玉ふ所の秘法何物ぞや。答へて云く本門の本尊と戒壇と題目の五字となり已上。 祖師より興師へ御付属亦是れ三大秘法なり。興師より目師へ御付属も亦是れなり。然れば興師御付属を受け玉ひて七ケ年の間身延に住持し玉へり、而るに彼の波木井の謗法によりて富士の上野に至りて大石寺を建立し此に住せり九ケ年。重須に隠居(いんきょ)したまひ則ち日目上人に御付属之れ有り、御正筆今に在り。目師より代々今に於て、廿四代金口の相承と申して一器の水を一器に瀉(うつ)すが如く三大秘法を付属なされて大石寺にのみ止まれり。 未だ時至らざる故に直ちに事の戒壇之れ無しと雖も、既に本門の戒壇の御本尊存する上は其の住処は即戒壇なり。其の本尊に打ち向ひ戒壇の地に住して南無妙法蓮華経と唱ふる則(とき)は本門の題目なり。志有らん人は登山して拝したまへ。然れば祖師大聖人・日興上人・三大秘法を守護し御胸に隠し持ち玉ひ身延山に居住の時は更に彼の山は寂光土にも劣らず霊鷲山にもまさるべき道理なり。然るに彼の処・謗法の地となれば波木井に還して立ちのき玉ふ已後は只是れ本の山中なり。霊山にも非ず、寂光にもあらざるなり。其の三大秘法の住する処こそ何国にてもあれよ霊山会場寂光の浄刹なるべし。 古(いにし)への奈良の都は名のみにして、公卿殿上人の朝勤(ちょうきん)なく鎌倉も亦大小名の参勤も之れ無きなり。法に依て人尊く、人に依て処尊きなり。 註朗詠六(廿一)古詩の緑草如今(いま)麋鹿の苑(その)紅花華定めて昔の管絃の家ならん。同新古今春の歌に、いそのかみふるき都をきてみれば昔かざしゝ花咲きにけり。 奈良の都は元明天王より光仁天王まで七代の都なり。桓武天皇延暦年中に此の平安城にうつされたり云云往見。 御書廿二(廿八)に云く、教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にて相伝し日蓮が胸中の肉団に秘して隠し持てり、されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処、舌の上は転法輪の処、喉(のんど)は誕生の処、口中は正覚の(砌みぎり)なるべし。かゝる不思議なる法華経の行者の住処なれば争(いか)でか霊山浄土に劣るべき、法妙なるが故に人貴し、人貴き故に所貴しと申すは是れなり已上。 若し強ひて爾らずと云はゞ宗祖居住已前の延山は如何。 二日 昨日の大旨云云。 一、所詮畢竟する処は寿量文底の三大秘法の相を申し入るべきなり。然りと雖も一概に之を宣べば其の義を成し難き故に段々日を重ね、度を重ねて之を談ずべきか。若し爾らざれば誰れか得心せんやと云ふ。 法苑珠林大字五十三(廿六)中字六十六(十三)百喩経に云く、往昔に愚人癡にして知る所なし。余の富家に到りて、三重の楼閣高広厳荘なるを見て、即ち此の念を作さく我に財銭有り彼に減(おとら)ず。云何んぞ造作せざらん。即ち木匠を呼んで問ふて云く、彼の舎を作ることを解するや否や。木匠答へて曰く是れ我が所作なり、即ち語って云く、今我が為に造らん、木匠即ち之を拝(経)、地に塹(セン・みぞ)を畳して楼を作る、愚人畳を見て木匠に語って曰く下の二重を欲せず。先づ最上の屋を作る事を為せよ。木匠答へて云く、是の事有ることなし、何んぞ最下を作らずして彼の第二を造ること有らん、第二を作らずして云何ぞ第三重の屋を造るを得ん。愚人固く言く我れ下の二を用ひず、必ず我が為に上を作らん。時の人聞き已って便ち怪笑を生ず(百喩経を引玉ふなり)。 啓運四十(三七)に引く法門も亦是の如し、一重二重三重と段々と宣べざれば至極の重は宣べ難し。先づ当品の義は八万法蔵一代諸経に勝れたるのみに非ず。尚法華経の迹門十四品にも超過せり、先づ其の相を談ずべきなり。初めに能証の人に約して超過、次に所証の法に約して超過云云。 文九(廿九)に云く、問ふ、諸経各位行を説く或は多或は少なり。華厳には四十一位、瓔珞に五十二位、名義皆広し、此の経の始末に都て此の事無し云何ぞ、言異なりと文。 記九本五十三に先問の意は勝方に異と名づく、諸経に明す所の法相此経に尚少し、応(まさ)に諸経に劣なるべし。何ぞ反って能く諸説に超異する事を得ん文。 文九(廿九)に云く、答ふ、譬へば世人種々の業を修し、種々の宝を集め、種々の位を求む。若し寿命無くんば財位を用ひて何にかせんが如し。記に業と云ふは即能行の行なり。宝は則所行の法なり。位は即所階の果なり。方便教の中に因を行じて果を獲る・故に種々と云ふ。若し法身常住の寿無くば因果帰すること無し。故に知んぬ、諸経の諸行の不同皆今経の常住の命に入る。此の常住の命・一体の三身遍く一切を収む已上。 華厳の四十一位とは天台大師四教儀の九に、華厳経の如き卅心と十地と仏地とを明すなり云云。故に只是れ十住、十行、十地、妙覚の四十一位なり、十信の位無きなり。 十梵行或は信を摂し、摂ぜざる等。標下の二(八九丁)に瓔珞の五十位とは、又四教儀九(四)に云く、瓔珞七種位を明す有り。 七位(乃至)十信・十住・十行・十廻向・十地・等覚・妙覚なり已上。既に諸経に是の如く位行を説く、而も今経に之れ無し、何ぞ他経に異なりと云ふやと問ふ。 答ふ意は先づ百姓は農業耕作等の種々の業を修し、五穀等の種々の財を集めて妻子をはぐくみ身上増倍して易々と居住せんとするは種々の位を求むると云ふ者なり。若し商売の輩も種々の商をなし種々の財宝をたくはへ、亦身体大になし安々と住せんとするは位を求むると云ふ者なり。侍も其の如く家老、用人、番頭、物頭、種々の役目を勤むるは種々の業を修するなり。之に依りて其の品々に随って知行を取るは種々の宝を集るなり。奉公の功に依って加増に預かり・平ら侍は布衣(ほい)になり、布衣は諸大夫に進み、或ひは四位三位までも進まんと思ふは種々の位を求むるなり。公卿、殿上人も亦是の如し、此くの如く種々の業をなし種々の宝を集むるとも、命なければ何の益之れ無きなり。一切の宝の中、人命第一と釈するも此の意なり。 三国伝十二(廿五)に、周の末十二ケ国の諸侯、天下の権を取って相争ひ合戦すること止まざりけり、是れを十二諸侯と云ふ。然るに小国皆滅びて魏、趙、韓、秦、斉、楚、燕、の七ケ国計り残って攻戦し、此の時を戦国の七雄と云ふなり。 後秦国強ふして六国を併せて呑む。三国一・四十一に此の時秦始皇十六才の時なり。爰に博学の儒者ども、三公五帝の跡を追ひ、周公孔子の道を伝へて今の政ごと古に違ふと謗るを聞いて、世に書伝有る故なりと怒って三墳五典等凡そ三千七百六十余巻一部も天下に残さず焼き失なひ、同じく儒者をば穴に埋めり。又四夷八蛮の反逆も弓箭兵杖持ちたる故なり、今より已後宮門警護の武士より外、兵具を帯ぶべからずとて一天下の兵(つわ)もの共が所持の劔戟干戈一も残らず集めて焼き捨てられし。又咸陽と云ふ処に回り三百七十里、高さ廿三万里の山を九重に築き上囲り六尺の銅の柱を立て、前殿四十八、後宮三十六、千門万戸連なり開き、麒麟、鸞鳳相対せり。虹樑金(こうりょうきん)の鐺り日月を散じて楼閣互ひに映徹せり。玉の砂銀の床意も言も及ばざりけり。居所を高くし歓楽極りなし、而れども有為の命限りある事を歎き玉ひて、鉄を以て大網を造り冥途の使を禦ぐべしとて、内裏の上に張りけり。 尚蓬莱山に有る不老不死の薬を持ち千秋万歳の宝祚を保たんと思ひ玉ひ、平厚津(しん)と云ふ処より、徐福・文成と云ふ道士二人来って、我不死の薬を求むる術を知る由を奏す。始皇大いに悦んで先づ官禄を授け、軈て彼等が云にまかせて、年(とし)ごろ十五に過ぎざる童男童女六千人を集めて、竜頭鷁首の船に乗り漫々たる海上に出でにけり。雲濤烟波最深にして蓬莱嶋に至らんとするに、只天水落々として求むるに処なし。徐福文成我が誑誕(いつわり)顕れんことを恐れて奏しけるは、竜神祟りを成して薬を惜むなり。若し海辺に出て退治せしめば、必ず薬を取り来るべしと申しければ、さらば竜神を退治せよとて数万艘の大船を浮べ、連弩と云って四五百人引いて同時に矢を放つ大弓を舟毎に構へて、竜蛇海上に現ぜば射殺せん為なり。始皇已に梁津(りょうしん)を渡り玉ふ、道通り三百万人の兵舷(ふなはた)を叩いて大皷を打ち時を作る声止む時なし。竜神是にや驚きけん伏長(ふしたけ)五百丈計りなる鮫と云ふ大魚に変じて浪の上にぞ浮びたり。頭は獅子の如く背は竜蛇の如くにして万頂の浪に横はれり。数万艘の大船四方に漕(こぎ)分れて連弩を放つ、数万矢皆鮫の大魚の身に立ちければ、海上皆血となって紅蓮の奈落に異ならず。而る後始皇帝其の竜神と自ら戦ふと夢に見玉ひて翌日より重き病を受け五体暫くも安きことなく、御年五十にして崩じ玉へり已上(取意)。 其の如く十二諸侯と攻めて戦ひ、或ひは七国と合戦し玉ふは種々の業を修するなり。思ひのまゝに打ち勝って一天四海を掌に把り玉ふは種々の宝を集めたるがごとし。位諸王に秀で始皇帝といわれ玉ふは種々の位を求むるなり。之に加へて寿命を延ぶるが為に、種々の事をなし玉ひしかども叶はずして、忽ちに命を失なひ玉へば、彼の金銀珠玉の財宝も六国の貢もさすがに玉の瓦(いから)を連ねたる咸陽宮も何んの詮無きがごとし。是を以て寿命の大切なる事を知るべきなり。 大経に云く譬へば長者一子を生育す、相師之を占ふに短寿の相有り、紹継に任えず、父母知り已って之を忽ちにして艸(草)の如くするが如し已上。是は今疏二本(四十二)に出でたり、文意知るべし。法門亦爾なり。合譬下に種々の因を行じ、種々の果を獲、種々の通を現じ種々の衆を化し、種々の法を説き種々の人を度す。惣じて如来寿命海中に在り已上。 玄七の意に准ずるに、種々の因等とは四教の因、四教の果、四教の神通、四種の説法四教の機を度する等なり云云。此等の種々の因果自他の相は、皆是れ楽於小法・徳薄垢重の機に趣いて施し玉ふ所の垂迹示現の方便なれば、若し此の惣在如来寿命海中の寿量品を顕はさずば何の詮無き事なり。譬へば世人何程長者の子にても短寿の相有れば紹継に任えざるが如し。此くの如く寿量品の命なければ、彼の四十余年の種々の因、種々の果、種々の通力、種々の説法皆是れ無益の事なり。若し人寿命有れば其の処に自ら種々の業も、種々の財も、種々の位も備はりてありと云ふ事を惣在寿命海中等と云云。 寿量品は此の経(法ヶ経)の命でこそあれと云ふ事、妙楽大師記十に顕本遠寿を以て其の寿と為すと云云。若し此の命ちたる処の寿量品を持ち奉れば、其の寿命の処に一切皆悉く摂在して失なはざるなり。仍て妙楽大師記九本(五十三)に若し遠本を得れば則近迹失せずと釈せり。若し爾らば寿量品を持ち奉るべき輩は、迹門のみならず一代聖経までをも失なはざるなり。 此くの如く無量無辺の功徳を此の品に円備し玉ふこと譬へば身に影の従がひ玉に財の備はるが如し。 又天台正諸経超過下に釈して云く、海中之要法性智応喉襟目●非異是何已上(●は変換不能文字。草冠に奚。読みはケイ。靴の中に敷く藁の意か)。此の下に諸経に勝れたる義を釈し玉ふなり。海中の要とは寿量品の肝要と云ふ事なり。法性智応とは三身と云ふ事なり。然るに寿量品の肝要は三身と釈するなり。之れに付いて久成の三身、三身の久成と云ふ事有るなり。 若し三身なれども久成に非ずんば要に非ず。縦ひ久成なれども三身に非ざれば要に非ざるなり。今は是れ久遠実成にして三身円満相即する故に是れ要なり。此の久遠実成の三身は譬へば人の身の中の喉の如く、衣の中の襟りの如く、六根の中の目の如く、履(あしだ)のを(緒)の如く肝要の法門なり。此くのごときの肝要の法門諸経と異に非ずんば是れ何とかいはんと問ふて甚だ詰め玉へり。 疑ふて云く、爾前の円教に三身を明す、亦迹門にも三身相即を明す、今此の品のみ諸経超過と云ふや。 答ふ、前の如し、久遠の三身の故なり。記九本(五十四)に云く、然るに諸経の中に豈三身無からんや。但だ兼帯し及び遠を明かさざるが為なり。是の故に此の経は永く諸経に異なり、若し爾らずんば請ふ諸経を験せよ。何れの経にか仏の久遠の本を明すこと此の経に同じきや已上。意云云・経に所証の法に約すとは、記一本(四)に云く、本地惣別諸説に超過す已上。 竹一本(十六) に云く、釈名は是れ惣、体等は是れ別、故に知んぬ。惣別とは名体宗用教の五重玄なり、此の本門寿量の名体宗用教の五重玄は諸経に超過せり。 問ふ、五重玄の姿如何、 答ふ、釈玄義一部に釈する故に卒爾(そつじ)に非ず。只一言之を宣ぶ、名玄義とは釈迦如来久遠五百塵点劫の往昔復倍上数之時より証得し玉ふ所の妙法蓮華経を名玄義と云ふは、久々遠々の当初に於て非実・非虚・非如・非異の最初実得の実相を証得し玉ふ、此れは中道実相の体なり。之を実相と名づけ妙法蓮華経と云ふなり。 然れば実相は体なり、妙法蓮華経は名なり。仍て実相を体玄義と云ふなり。さて此の実相妙法蓮華経は何に依て顕はるゝや、謂く因果修行に依るなり。故に本因本果の修行を宗玄義と名づくるなり。此の因果の修行に依りて、中道実相の妙法蓮華経を証得し給ひてあれば自行既に満ぜり。 此の上に化他利益し玉ふ時無量の方便を以て衆生を利益し玉ふを用玄義と云ふなり。さて教玄義とは迹門の名体宗用は麁法なり、本門の名体宗用は妙法なりと判ずるを教玄義と云ふなり。是を本地惣別超過諸説と釈するなり。妙楽竹一に惣在於別と釈し玉ふ、故に本門寿量の南無妙法蓮華経と唱へ奉れば、則ち体等は収まるなり。経文に是好良薬今留在此とあるも此の意なり。 観心本尊抄廿三云く、是好良薬は寿量品の肝心、名体宗用教の南無妙法蓮華経なり云云。勧信云云。 御書三(八)に、一切経の中に此の寿量品ましまさずば、天に日月なく、国に大王なく、山河に珠なく、人に神のなからんがごとくにてあるべきなり已上。 前東春五(五十五)に云く、昔数人有り船に乗る、並びに溺死し唯一人物に馮て独り済る、夜夢みるに云く、汝偏へに得脱する所以んは曽て法花寿量品を聴く故なり云云已上。現に妙楽大師の上足の弟子寿量品を釈せんと欲して、先づ最初に此の因縁勝用を引き、先品諸経超過を顕すなり。現(既)に昔寿量を聞く故に大海に溺れず死を脱れたり。面々今寿量品を聞いて南無妙法蓮華経と唱ふる故に生死海に溺れず、寿命長遠の悟りを開くこと決定なり。 三 日 吾等が如き者の談義に今日も大勢の参詣満足せり。 弘四末(四十六)御書十八(五)に云く、昔し毘摩大国と申す国に狐あり、獅子に追はれて逃げるが、水も無き渇れ井に落ち入りぬ、獅子は井を飛び越えて行きぬ、彼の狐・井より上らんとすれども深き井なれば上ること得ざりき、既に日数を経るほどに飢え死なんとす、其の時狐・唱へて云く禍(わざわい)なる哉。今日苦しみに逼まる所、便ち当に命を丘井に没すべし、一切万物皆無常なり、身を以て獅子に飼はざることを恨む、南無帰命十方仏我が心浄くして己れ無きを承知し玉へ。文の意は禍なる哉、今日苦にせめられて即ち当に命をかれ井に没すべし、一切の万物皆是れ無常なり。恨らく身を獅子に飼はざりける事よ、南無帰命十方の仏我が心は浄きことを承知し玉へと喚ばはりき。爾の時天の帝釈・狐の文を唱ふるを聞いて自ら下界に下り、井の狐を取り上げ玉ひて法を説き玉へと・の玉ひければ、狐の云く逆なる哉、弟子は上に師は下に居たることをと云ひければ諸天笑ひ玉へり。帝釈誠にと思し食して下に居玉ひて法を説き玉へとの玉ひければ、又狐の云く逆なる哉、師も弟子も同座なることをと云ひければ帝釈諸天の御衣をぬぎ重ね上げて高座として法を説き玉へと云って、狐説いて云く人有り生を楽しみ死を悪む人有り死を楽しみ、生を悪む云云。文の意は人有り生を楽しみて死なんことを悪み、又人有りて死なんことを願って生きんことをにくむと、此の文を狐に随って帝釈習ひ玉ひて狐を敬まひ玉ひけり。 止観四(五十九)に云く、雪山は鬼に随って偈を請ふ、帝釈は畜を拝して師と為す、袋臭きを以て其の金を捨つる勿れ已上云云。一代超過の寿量品の談議なれば、吾等は物も知らねども弥々(いよいよ)参詣信心肝要なり云云。 訓読の経文は天台大師分科として云く、文九(卅)に広開近顕遠文二と為す、先づ誡信、次に正答已上。広開とは涌出品の略開に対するなり云云。此の寿量品を広開近顕遠と名づくるなり。亦或は迹顕本に名づくるは、之れに付いて近遠と云ふと、本迹と云ふとは名は異なれども義同じきなり。先づ真の本迹と云ふは譬へに従るなり。 一には玄七(初)に云く、人処に依りて則ち行跡有り、迹を尋ねて処を得るが如し已上。寿量所説の本地第一番は本人の如く、第二已後今日まで迹中の示現はあしあとの如くなり。故に迹と云ふなり、迹とはあしあとと・よむなり。若し本地第一の事を尋ね知らんと欲せば、迹中の示現利益の相を漸々と尋む行けば則本地の事を知るなり。譬へば雪降るに其の人を尋ねんと欲せば、其の跡を尋ねて行けば必らず其の人に尋ね逢ふが如くと云ふ意なり。 第二には本門は本月の如く、迹門は水中の影の如く、天の一月は本地第一番、水中の月の万水に影を浮べ玉ふは第二番已後、物機に応同し三世十方に垂迹示現して衆生を利益し玉ふなり、是れは水月の如くなり。 文九(初)に一月万影孰(た)れか能く思量せん。記九本(二)に一月は本なり、万影は迹なり已上。玄七(十二)に天月を識らず但池月を観ず。又従本垂迹は月の水に現ずるが如しとも釈し玉ひて本門は根本、迹は枝葉の事。又教乗法数三十(三)に本門は根本の如し。取意は玄七(卅二)に云く、三世乃ち殊なれども毘盧遮那(びるしゃな)一本異ならず百千の枝葉同じく一根に趣くが如しと。 文句第三記一本に(二十三)に云く、彼の大通を指す猶信宿の如し。先づ密教に愚にして復迹身に迷ふ、此に至りて方(まさ)に株(くいぜ)を守り尚昧しと袪(や)る已上。信宿とは輔註四(九)に云く、客有り宿々客有り信々す。註に曰く、一宿を宿と曰ひ、再宿を信と曰ふ已上。然れば信宿とは一夜一夜と云ふ事なり。 彼の三千塵点劫已前に出世成されてあるは、本門の久々遠々五百塵点劫の意より之を見れば只是れ一夜二夜どまりの旅宿の如くと云ふ意なり。若し此の時は本門は古郷の本城の如く、迹門は旅宿の如くぞとなり。文は只近きことを云へども自ら此の意あり云云。 先愚密教寿量品は如来の己証深秘微妙の法なる故に、秘密教と云ふなり。経に如来秘密神通之力と云ふ是れなり。故に本門寿量品を指して密教と云ふなり。爾前迹門には此の寿量を愚にするなり。愚とは知らざる義なり。若し知れば愚に非ざるなり。故に寿量を知らざるなり。 此の寿量の久遠の本仏を知らざる故に、復迹身にも迷ふなり。西を知らざる者は東をも知らざる道理なり。此に至りて方(まさ)に守株尚昧を袪つ、至此とは先は第四の本迹釈の事、去れども記一本(四十五)に但だ寿量の一文正に本迹を明すと云ふ故に、此に至ると云ふは自ら寿量品に至りて始成正覚の執情を捨てよと云ふ事なり。 守株とは輔註四(九)に韓子に曰く、宋に耕やす者有り、野に於て兎の株に触れて死する有り、因って兎を得たり。後に乃し耕やさず、恒に此の株を守る。冀(ねがわ)くは亦兎有らんことを、傍人之れを暁(さと)すに肯りて止まず。故に俗相伝て迷ひを執る者を以て、之れを守株と謂ふ已上。 今寿量品を聞いても尚始成の迹門に執する者は、彼の愚人が株を守る如き程に本門寿量を聞いては則ち始成迹門の執情を袪てよと云ふ事を、至此法袪守株尚昧等と釈するなり。始成の迹説を捨て玉ふなり。始成正覚の垂迹の教理にとぢふさがれ久遠実成の一大事の重宝が顕れざるなり。 此の品の時但以方便教化衆生と説いて、一往方便にこそ始成正覚と説きたれども、実には五百塵点劫已前に成道してこそあれと説き玉ひてあれば、彼の始成正覚の戸を開いて久遠寿量の宝蔵を顕はし玉ひてあれば、是れを迹を開して遠を顕はすに開近顕遠と云ふなり。 尚復(なおまた)譬へば止一(五十八)に云く、譬へば貧人の家に宝蔵有るが如し、知る者無し、知識之れを示す、即ち知るを得るなり。草穢を耘除して之れを掘出し漸々に近きを得、近づき已って蔵を開き尽く取りて之れを用ゆ已上。是れは本涅槃経如来性品に出でたり。意は爰(ここ)に一人の貧人の家に財宝をつみ重ねたる蔵あり、然るに之れを知る者無し。或る知識之れを示す、之れに依りて彼の貧人之れを知り、草をかり不浄を除いて漸々に蔵の所に近付く、近付き已って蔵の戸を開いて見たれば大分の重宝蔵に備って之れ有り。故に尽(ことごと)く之れを用ひて大福長者となりしぞとなり。止観の意は今の意と六即に譬へて開閉を用ふるなり。 然れば蔵を開かざる已前は貧窮孤露にして種々無量の苦労難行して世を渡りしが、蔵を開いて後・彼の蔵の内の金銀重宝を思ふ儘に用ひれば大福長者と成って歓楽に住する事なり。 此の開近顕遠の寿量品顕はれざる已前は、彼の貧人の如くなり。是れ則久遠実成の蔵を閉づる故なり。今此の品に蔵を開くは則如来所証の其の一念三千の宝を哢(もてあそ)ぶ故に是れ大福長者なり。尚此の蔵を開きて後に大福長者となるも、蔵を開かざる前の貧人も同じ事なりと云ふべきや。 仍(すなわち)宗祖は迹門等を未得道教覆蔵教と名づく、其の機を論ずれば徳薄垢重の幼稚貧窮孤露にして、禽獣に同ずるなれども、極めたる程に爾前迹門の貧人の執情を捨て本門寿量の南無妙法蓮華経の重宝を唱へ奉るべき事専らなり。 問ふ、此の広開近顕遠の寿量品をば誰人の為に之れを説くや。 答ふ、若し経文順次に之れを拝せば、在世の為に似たりと雖も、若し逆次に之れを開せば、偏へに滅後の為なり。 其の証如何、 答ふ、且らく一文を引かん。薬王品に云く、後五百才の中に広宣流布して閻浮提に於て断絶せしむることなし已上。 文句一(七に)云く、後五百才にも遠く妙道に霑ほふ已上。 妙楽大師記一本(卅九)に、末法の初め冥利無きにあらず文。 後五百才とは則ち末法の初めに当るなり。之れに付いて五ケの五百才と云ふ事之れ有り、御書四四に、大集月蔵分を引いて云く、大集に大覚世尊月蔵菩薩に、門を……とは、只だ是れ迹門の始成の方便を説く故に劣り、本門寿量は久遠の真実なる故に勝れたりと知るべきなり。又一義御書廿四(十五)に云く、仏は長者の位、本仏法王の位か。開目抄に国に大王無し等云云。蒙卅一(廿六)。 第四に爾前をば星に譬へ、迹門をば月に譬ふ、本門を日に譬ふるなり。薬王品に云く、又日天子能く諸(もろもろ)の闇を除くが如し、此の経亦復(またまた)是くの如し已上。 玄一(廿一)に云く、又日能く星月を映奪し、現ぜざらしむ故に、法華は迹を払って方便を除く故なり已上云云。迹を払ふとは月を映奪する故なり。方便を除くとは星を映奪する故なり。故に本門寿量に於ては、爾前迹門ともに打ち破るなり。 御書卅三(十三)に云く、第四に日に譬ふ星の中に月出でぬれば、星の光は又月の光りに奪ひ失なはれる。爾前は星の如く、法華経の迹門は月の如し寿量品の時は迹門の月未だ及ばず。何況(いわん)や爾前の星をや。夜は星の時、月の時、衆の務めを作(な)さず。夜明けて必ず衆の務めを作す。爾前迹門にして猶生死離れがたし、本門寿量品に至りて必ず生死を離るべし已上。是れらの文を以て本門と云ふ事を知るべきなり。 さて此の本迹は、近遠と名異義同とは、玄九(六十二)に云く、若し文便を取らば応(まさ)に開近顕遠と云ふべし。若し義便を取らば応に本迹と云ふべし。只だ近を呼んで迹となし、遠を呼んで本となす。名異に義同じ已上。文の意は寿量品の事を開近顕遠とも、開近顕本とも云ふなり。 然れば経の面に説き玉ふは、迹の事を仏得道甚近と説き、本の事を甚大久遠と説きたまひてあれば、文の便に随っては開近顕遠等と云って近遠と云ふなり。其の義理を穿鑿(せんさく)して義の便に従って云ふ時は、近と云ふは迹なり、遠と云ふは本の事なり。然れば近遠と云ひ本迹と云ふは、文便義便の不同こそあれ、名は且らく異なれども義は同じぞと云ふなり。然れば開迹顕本と云ふも、開近顕遠と云ふも同じ事なりと得意(こころう)べし云云。 さて正に広開近顕遠とは、広とは涌出の略に対し、開とは開出、開許、開拓の三義之れ有り。或ひは出すに用ふる事もあり、或ひはひらくとよみて用ふる事もあり、或ひはゆるすとよんで用ふる事もあり。今は則ち開拓の義なり。 故に知りぬ、開と云ふに対して云ふなり。譬へば蔵の内に何程の宝を納めて置けども、戸を閉ぢて塞ぐ時に顕はれず。若し其の戸を開く時は内の宝が顕るゝなり。全く其の如く釈迦如来は、久遠塵点劫の当初(そのかみ)此の妙法蓮華経を悟り顕はし玉ふ仏なれども、近成(ごんじょう)を楽ふ者の華厳より已来深く内証に秘し置いて、今日始めて成道し玉ふと云ふ事を対して未来の時と定め玉へり。所謂・我滅度の後五百才の中には解脱堅固、次の五百年は禅定堅固(已上千年)、次の五百年には読誦多聞堅固、次の五百年に多造塔寺堅固(已上二千年)。後の五百年は於我法中・闘諍言訟・白法隠没等云云。此れ等の文意は都合二千五百年なり。 後五百の後とは最後の義なり。故に最後の五百年は正像二千年を打ち過ぎて末法の初めの五百年に当るなり。故に大師は後五百才・遠霑妙道と釈し、妙楽大師は末法の初め冥利不無と判ずるなり。則ち経文の後五百才中広宣流布とは此の意なり。然れば此の本迹を傍の流通分の中より、此の広開近顕遠の寿量を見るに、正しく是れ滅後末法の衆生の為に説き玉ふ処の御品なり。然れば面々仏祖の本懐に契当して、本門寿量の事の一念三千の南無妙法蓮華経と唱へれば即身成仏必定(ひつじょう)なり。 御書九(八)に云く、問ふて云く、誰人の為に広開近顕遠の寿量を演説するや。答へて云く、寿量の一品二半は始めより終りに至るまで、正しく、滅後衆生の為、滅後の中には末法今時の日蓮等がためなり已上。
by johsei1129
| 2023-05-13 20:34
| 富士宗学要集
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