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日蓮大聖人『御書』解説

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2021年 10月 28日

妙法蓮華経 序品第一 (2)  訓読

    漢訳版

爾の時に文殊師利、弥勒菩薩摩訶薩、及び諸の大士に語らく、

善男子等、我が惟忖するが如き、今仏世尊、大法を説き、大法の雨を雨し、大法の螺を吹き、大法の鼓を撃ち、大法の義を宣べんと欲するならん。
諸の善男子、我、過去の諸仏に於いて、曾て此の瑞を見たてまつりしに、斯の光を放ち已って、即ち大法を説きたまいき。是の故に当に知るべし。今仏の光を現じたもうも、亦復是の如く、衆生をして、咸く一切世間の難信の法を聞知することを得せしめんと欲するが故に、斯の瑞を現じたもうならん。
諸の善男子、過去無量無辺不可思議阿僧祇劫の如き、爾の時に仏有(いま)す。日月燈明如来、応供、正徧知、明行足、善逝、世間解(せけんげ)、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と号づく。正法を演説したもう。初善、中善、後善なり。其の義深遠に、其の語巧妙に、純一無雑にして具足清白梵行の相なり。声聞を求むる者の為には、応ぜる四諦の法を説いて生老病死を度し、涅槃を究竟せしめ、辟支仏(びゃくしぶつ)を求むる者の為には、応ぜる十二因縁の法を説き、諸の菩薩の為には、応ぜる六波羅蜜を説いて阿耨多羅三藐三菩提を得、一切種智を成ぜしめたもう。

次に復仏有す。亦、日月燈明と名づく。次に復仏有す。亦、日月燈明と名づく。是の如く二万仏、皆同じく一字にして、日月燈明と名づく。又、同じく一姓にして、頗羅堕(はらだ)を姓とせり。
弥勒、当に知るべし。初仏、後仏、皆同じく一字にして日月燈明と名づけ、十号具足したまえり。説きたもう所の法、初中後善なり。

其の最後の仏、未だ出家したまわざりし時、八王子有り。一を有意と名づけ、二を善意と名づけ、三を無量意と名づけ、四を宝意と名づけ、五を増意と名づけ、六を除疑意と名づけ、七を響意と名づけ、八を法意と名づく。是の八王子、威徳自在にして、各四天下を領す。是の諸の王子、父出家して、阿耨多羅三藐三菩提を得たもうと聞き、悉く王位を捨て、亦、随い出家して、大乗の意を発し、常に梵行を修して、皆法師と為れり。已に千万の仏の所に於いて、諸の善本を植えたり。

是の時に日月燈明仏、大乗経の無量義、教菩薩法、仏所護念と名づくるを説きたもう。
是の経を説き已って、即ち大衆の中に於いて結跏趺坐し、無量義処三昧に入って、身心動じたまわず。是の時に、天より曼陀羅華・摩訶曼陀羅華、曼殊沙華、摩訶曼殊沙華を雨して、仏の上、及び諸の大衆に散じ、普仏世界六種に震動す。爾の時に、会中の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅迦、人非人、及び諸の小王、転輪聖王等、是の諸の大衆、未曾有(みぞうう)なることを得て、歓喜し合掌して、一心に仏を観たてまつる。爾の時に如来眉間白毫相の光を放って、東方万八千の仏土を照らしたもうに、周徧せざること靡()し。今見る所の是の諸の仏土の如し。弥勒当に知るべし。

爾の時に会中に、二十億の菩薩有って、法を聴かんと楽欲(ぎょうよく)す。是の諸の菩薩、此の光明普く仏土を照らすを見て、未曾有なることを得て、此の光の所為因縁を知らんと欲す。
時に菩薩有り、名を妙光と曰う。八百の弟子有り。
是の時に日月燈明仏、三昧より起ち、妙光菩薩に因せて、大乗経の妙法蓮華、教菩薩法、仏所護念と名づくるを説きたもう。
六十小劫座を起ちたまわず。時の会の聴者も、亦一処に坐して六十小劫身心動ぜず。仏の所説を聴くこと食頃(じききょう)の如しと謂えり。是の時に、衆中に一人の、若しは身、若しは心に懈倦(けげん)を生ずる有ること無かりき。
日月燈明仏、六十小劫に於いて、是の経を説き已って、即ち梵、魔、沙門、婆羅門、及び天、人、阿修羅衆の中に於いて、此の言を宣べたまわく、如来、今日の中夜に於いて、当に無余涅槃に入るべし。
時に菩薩有り。名を徳蔵と曰う。日月燈明仏、即ち其れに記を授け、諸の比丘に告げたまわく、是の徳蔵菩薩、次に当に作仏すべし。号を浄身多陀阿伽度、阿羅訶、三藐(さんみゃく)三仏陀と曰わん。

仏授記し已って便ち中夜に於いて無余涅槃に入りたもう。仏の滅度の後、妙光菩薩、妙法蓮華経を持ち、八十小劫を満てて人の為に演説す。日月燈明仏の八子、皆妙光を師とす。妙光教化して、其れをして阿耨多羅三藐三菩提に堅固ならしむ。是の諸の王子、無量百千万億の仏を供養し已って、皆仏道を成ず。其の最後に成仏したもう者の名を燃燈と曰う。八百の弟子の中に一人有り。号を求名(ぐみょう)と曰う。利養に貪著せり。復、衆経を読誦すと雖も、而も通利せず。忘失する所多し。故に求名と号づく。是の人亦、諸の善根を植えたる因縁を以っての故に、無量百千万億の諸仏に値いたてまつることを得て、供養恭敬、尊重讃歎せり。
弥勒、当に知るべし。爾の時の妙光菩薩は、豈、異人ならんや。我が身是れなり。求名菩薩は汝が身是れなり。今、此の瑞を見るに、本と異なること無し。是の故に惟忖(ゆいじゅん)するに、今日の如来も、当に大乗経の妙法蓮華、教菩薩法、仏所護念と名づくるを説きたもうべし。

爾の時に文殊師利、大衆の中に於いて、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、

我過去世の 無量無数劫を念うに 

仏人中尊有(いま)しき 日月燈明と号づく
世尊法を演説し 無量の衆生 

無数億の菩薩を度して 仏の智慧に入らしめたもう
仏未だ出家したまわざりし時の 所生の八王子 

大聖の出家を見て 亦随って梵行を修す
時に仏大乗経の 無量義と名づくるを説いて 

諸の大衆の中に於いて 為に広く分別したもう
仏此の経を説き已って 即ち法座の上に於いて 

跏趺(かふ)して三昧に坐したもう 無量義処と名づく
天より曼陀華を雨し 天鼓自然に鳴り 

諸の天龍鬼神 人中尊を供養す
一切の諸の仏土 即時に大いに震動し 

仏眉間の光を放ち 諸の希有(けう)の事を現じたもう
此の光東方 万八千の仏土を照らして 

一切衆生の 生死の業報処を示したもう
諸の仏土の 衆宝を以って荘厳し 

瑠璃頗棃(るりはり)の色なるを見ること有り 斯仏(これほとけ)の光の照したもうに由る
及び諸の天人 龍神夜叉衆 

乾闥緊那羅(けんだつきんなら) 各其の仏を供養するを見る
又諸の如来の 自然に仏道を成じて 

身の色金山の如く 端厳にして甚だ微妙(みみょう)なること 

浄瑠璃の中 内に真金の像を現ずるが如くなるを見る
世尊大衆に在して 深法の義を敷演(ふえん)したもう 

一一の諸の仏土 声聞衆無数なり 

仏の光の所照に因って 悉く彼の大衆を見る
或は諸の比丘の 山林の中に在って 

精進し浄戒を持つこと 猶明珠を護(まも)るが如くなる有り
又諸の菩薩の 施忍辱(せにんにく)等を行ずること 

其の数恒沙(かず・ごうじゃ)の如くなるを見る 斯れ仏の光の照したもうに由る
又諸の菩薩の 深く諸の禅定に入って 

身心寂かに動ぜずして 以って無上道を求むるを見る
又諸の菩薩の 法の寂滅の相を知って 

各其の国土に於いて 法を説いて仏道を求むるを見る
爾の時に四部の衆 日月燈仏の 

大神通力を現じたもうを見て 其の心皆歓喜して 

各各に自ら相問わく 是の事何の因縁ぞ
天人所奉(てんにんしょぶ)の尊 適(はじ)めて三昧より起ちて 

妙光菩薩を讃めたまわく 汝は為れ世間の眼 

一切に帰信せられて 能く法蔵を奉持す
我が所説の法の如き 唯汝のみ能く証知せり 

世尊既に讃歎し 妙光をして歓喜せしめて 

是の法華経を説きたもう 六十小劫を満てて 

此の座を起ちたまわず 説きたもう所の上妙の法 

是の妙光法師 悉く皆能く受持す
仏是の法華を説き 衆をして歓喜せしめ已(おわ)って 

尋いで即ち是の日に於いて 天人衆に告げたまわく 

諸法実相の義 已に汝等が為に説きつ 

我今中夜に於いて 当に涅槃に入るべし
汝一心に精進し 当に放逸を離るべし 

諸仏には甚だ値い難し 億劫に時に一たび遇いたてまつる
世尊の諸子等 仏涅槃に入りたまわんと聞きて 

各各に悲悩を懐く 仏滅したもうこと一何(いとなん)ぞ速(すみや)かなる 

聖主法の王 無量の衆を安慰(あんに)したまわく 

我若し滅度しなん時 汝等憂怖(うふ)すること勿れ
是の徳蔵菩薩 無漏実相に於いて 

心已に通達することを得たり 其れ次に当に作仏すべし 

号を曰って浄身と為づけん 亦無量の衆を度せん 

仏此の夜滅度したもうこと 薪(たきぎ)尽きて火の滅するが如し
諸の舎利を分布して 無量の塔を起つ 

比丘比丘尼 其の数恒沙の如し 

倍復(ますますまた)精進を加えて 以って無上道を求む
是の妙光法師 仏の法蔵を奉持して 

八十小劫の中に 広く法華経を宣ぶ 

是の諸の八王子 妙光に開化せられて 

無上道に堅固にして 当に無数の仏を見たてまつるべし
諸仏を供養し已って 随順して大道を行じ 

相継いで成仏することを得 転次して授記す
最後の天中天をば 号を燃燈仏と曰う 

諸仙の導師として 無量の衆を度脱したもう
是の妙光法師 時に一(ひと)りの弟子あり 

心常に懈怠(けたい)を懐いて 名利に貪著せり 

名利を求むるに厭()くこと無くして 多く族姓の家に遊び 

習誦する所を棄捨し 廃忘して通利せず
是の因縁を以っての故に 之を号づけて求名と為す
亦衆の善業を行じ 無数の仏を見たてまつることを得 

諸仏を供養し 随順して大道を行じ 

六波羅蜜を具して 今釈師子を見たてまつる
其れ後に当に作仏すべし 号を名づけて弥勒と曰わん
広く諸の衆生を度すること 其の数量(かず・はかり)あること無けん 

彼の仏の滅度の後 懈怠なりし者は汝是れなり 

妙光法師は 今則わ我が身是れなり
我燈明仏を見たてまつりしに 本(もと)の光瑞此の如し 

是を以て知んぬ今仏も 法華経を説かんと欲するならん
今の相本の瑞の如し 是れ諸仏の方便なり
今仏の光明を放ちたもうも 実相の義を助発せんとなり
諸人今当に知るべし 合掌して一心に待ちたてまつれ
仏当に法雨を雨(ふら)して 道を求むる者に充足したもうべし
諸の三乗を求むる人 若し疑悔(ぎげ)有らば 

仏当に為に除断し 尽して余(あまり)有ること無らしめたもうべし


つづく


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by johsei1129 | 2021-10-28 10:31 | 法華経28品 並開結 | Trackback | Comments(0)


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