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日蓮大聖人『御書』解説

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2020年 02月 23日

【一代五時継図】三

一、真言を用いざる事

 伝教大師の依憑集の序に云く「新来の真言家は則ち筆受の相承を泯(ほろぼ)す」文。

 安然の教時義の第二に云く「問う、天台宗の遣唐(けんとう)の決義に云く、此の大盧遮那(だいるしゃな)経は天台五時の中に於て第三時方等部の摂なり。彼の経の中に四乗を説くを以ての故に云云。此の義云何(いか)ん。

 答う、彼の決義に云く、伝え聞く疏二十巻有り。但未だ披見せず云云。此は是れ未だ経意を知らざる誤判なり。何(いかんと)なれば天台第三時の方等教は四教相対して大を以て小を斥(きら)い円を以て偏を弾ず。今大日経は応供正遍知・衆生の楽に随つて四乗の法及び八部法を説きたもう。是は一切智智一味云云。若し爾らば法華と同じと謂う可し。何ぞ方等弾斥(だんしゃく)の教に摂するや」文。

 広修・維蠲(こうしゅ・ゆいけん)の唐決に云く「問う、大毘盧遮那(だいびるしゃな)一部七巻・薄伽梵(ばかぼん)・如来加持広大金剛法界宮に住して一切の持金剛者の為に之を演説す。大唐の中天竺国の三蔵・輸婆迦羅(ゆばから)・唐には言う善無畏と訳す。

 今疑う、如来の所説始め華厳より終り涅槃に至るまで五時四教の為に統摂(とうしょう)せざる所無し。今此の毘盧遮那経を以て何(いずれ)の部・何の時・何の教にか之を摂せん。又法華の前説とや為さん、当に法華の後説とや為さん、此の義云何。

 答う、謹みて経文を尋ぬるに方等部に属す。声聞縁覚に被らしむるが故に。不空羂索(けんさく)・大宝積(だいほうしゃく)・大集・大方等・金光明・維摩・楞伽(りょうが)・思益(しやく)等の経と同味なり、四教・四仏・四土を具す。今・毘盧遮那経法界宮に於て説くことを顕す。乃ち是れ法身寂光土なり。勝に従つて名を受くるなり。前後詳(つまびらか)に明かす可し」云云。

一、法華と諸経との勝劣の事

  法華経第一  本門第一[已今当第一なり、薬王今汝に告ぐ、諸経の中に於て最も其の上に在り]

  迹門第二   [又云く、我が所説の諸経此の経の中に於て法華最第一なり云云]

涅槃経第二   是経出世

無量義経第三 [次に方等十二部経を説く]

華厳経第四

般若経第五

蘇悉地経第六 [第一に云く、三部の中に於て此の経を王と為す。中巻に云く、猶成就せざれば或は復大般若経を転読すること七遍、或は一百遍せよ]

大日経第七

三国に未だ弘通せざる法門なり


一、鎮護国家の三部の事

  法華経 密厳経 仁王経 

不空三蔵大暦に法華寺に之を置く

   唐の大暦二年に護摩寺を改めて法華寺を立て中央に法華経

   脇士に両部の大日なり

  

法華経 浄名経 勝鬘経  

  人王三十四代推古天王の御宇聖徳太子

    四天王寺に之を置く摂津国難波郡

    仏法最初の寺なり

  

  法華経 金光明経  仁王経 

 人王五十代桓武天皇の御宇伝教大師

   比叡山延暦寺止観院に之を置かる

   年分得度者二人 一人は遮那業  一人は止観業


  大日経  金剛頂経 蘇悉地経 

   五十四代仁明天王の御宇

   慈覚大師・比叡山東塔の西惣持院に之を置かる

   御本尊は大日如来・金蘇二疏(しょ)十四巻之を安置せらる


一、悲華経の五百の大願等の事並びに示現等

 第一百十三願に云く「我・来世穢悪土の中に於て当に作仏することを得べし。則ち十方浄土の擯出(ひんずい)の衆生を集めて我当に之を度すべし」と文。

 第一百十四願に云く「我・無始より来(この)かた積集せる諸の大善根・一分我が身に留めず、悉く衆生に施さん」と文。

 第一百十五願に云く「十法界の諸の衆生無始より来(この)かた造作する所の極重五無間等の諸罪・合して我が一人の罪と為す。大地獄等に入つて大悲代つて苦を受けん」と文。

 悲華経に云く「我が滅度の後、末法の中に於て大明神と現じて広く衆生を度せん」と文。

 涅槃経の二に云く「爾の時に如来・棺(かん)の中より手を出して阿難を招き密かに言く、汝悲泣すること勿れ、我還つて復・閻浮に生じて大明神と現じて広く衆生を度せん」と文。

 又云く「汝等悲泣すること莫れ、遂に瞻部州(せんぶしゅう)に到つて衆生を度せんが為の故に大明神と示現せん」と文。

 悲華経に云く「第五百願に我・来世穢悪土の中に於て大明神と現じて当に衆生を度すべし」文。

 大隅正八幡の石の銘に云く「昔霊鷲山に在つて妙法華経を説く。衆生を度せんが為の故に大菩薩と示現す」と文。

 行教和尚の夢の記に云く「阿弥陀三尊」。

 延暦二十三年(804年)甲申(きのえさる)春、伝教大師・渡海の願を遂げんが為に筑前宇佐の神宮寺に向つて自ら法華経を講ず。即ち託宣して云く「我此の法音を聞かずして久しく歳年を歴たり。幸ひに和尚に値遇して正教を聞くことを得て至誠に随喜す。何ぞ徳を謝するに足らん。苟しくも我が所持の法衣有り、即ち託宣の主・斎殿を開いて手に紫の袈裟一つを捧げて和尚に上(たてまつ)る。大悲力の故に幸ひに納受を垂れたまえ。是の時、禰宜・祝(ねぎ・はふり)等各各之を随喜す。元来此くの如きの奇事見ず・聞かざるかなと。彼の施す所の法衣は山王院に在り」文。

 元慶(がんぎょう)元年(注:877年)丁酉十一月十三日、権大宮司(ごんだいぐうじ)藤原実元(さねもと)の女(むすめ)七歳にして託宣して云く「我日本国を持ちて大明神と示現す。本躰は是れ釈迦如来なり」。

 延喜二年(注:902年)四月二日、二歳計りの小児に託宣して云く「我・無量劫自り以来(このかた)、度し難き衆生を教化す。未度の衆生の為に此の中に在つて大菩薩と示現す」と文。

一、北野の天神、法華経に帰して真言等を用いざる事

 天神の託宣に云く、吾・円宗の法門に於て未だ心に飽かず。仍つて遠忌追善に当たっては須く密壇を改めて法華八講を修すべきなり。所以に曼陀羅供(まんだらく)を改めて法華八講を始む。吉祥院(きっしょういん)の八講と号す是なり。彼の院は北野天神の御旧跡なり。

一、賀茂大明神、法華を信ずる事 [一条院の御時、年代記に之有り]

 恵心の僧都(そうず)加茂社に七箇日参篭(さんろう)して出離生死の道は何れの経にか付く可きと祈誠有れば、示現して云く「釈迦の説教は一乗に留まり、諸仏の成道は妙法に在り、菩薩の六度は蓮華に在り、二乗の作仏は此の経に在り」文。

 伝教大師・加茂大明神に参詣して法華経を講ず、甲冑をぬいで自ら布施し給い畢んぬ。

 文句の十に云く「得聞是経・不老不死とは此れ須らく観解すべし。不老は是れ楽、不死は是れ常、此の経を聞いて常楽の解を得」文。

 涅槃経の十三に云く「是の諸の大乗方等経典は復無量の功徳を成就すと雖も是の経に比せんと欲するに喩へと為(す)ることを得ず。百倍・千倍・百千万億倍乃至算数譬喩(さんじゅ・ひゆ)も及ぶこと能わざる所なり。善男子、譬えば牛より乳を出し、乳より酪を出し、酪より生蘇を出し、生蘇より熟蘇を出し、熟蘇より醍醐を出し、醍醐最上なり。若し服すること有る者は衆病皆除く。所有の諸薬悉く其の中に入るが如し。

 善男子、仏も亦是くの如し。仏より十二部経を出生し、十二部経より修多羅を出し、修多羅より方等経を出し、方等より般若波羅蜜を出し、般若波羅蜜より大涅槃を出す。猶醍醐の如し。醍醐と言うは仏性を喩う。仏性とは即ち是れ如来なり」文。

一、金剛峯寺建立修業縁記に云く「吾・入定の間、知足天に往いて慈尊御前に参仕すること五十六億七千余歳の後、慈尊下生の時・必ず随従して吾が旧跡を見る可し。此の峯・等閑(みね・なおざり)にすること勿れ」と文。

一、弘決に云く「若し衆生、生死を出でず・仏乗を慕わずと知らば魔・是の人に於て猶(なお)親想を生ず」と文。

 五百問論に云く「大千界麈数の仏を殺すは其の罪尚軽し、此の経を毀謗すれば罪彼より多し。永く地獄に入つて出づる期(ご)有ること無し。読誦の者を毀呰(きし)する亦復是くの如し」文。

一、広宣流布す可き法華の事

 伝教大師の守護章に云く「正像稍(やや)過ぎ已つて末法太(はなは)だ近きに有り、法華一乗の機今正しく是れ其の時なり。何を以て知ることを得ん、安楽行品に云く末世法滅の時」と文。

 秀句の下に云く「代を語れば則ち像の終り末の初め、地を尋ぬれば唐の東・羯(かつ)の西、人を原(たず)ぬれば則ち五濁の生・闘諍の時なり。経に云く、如来の現在すら猶怨嫉多し、況んや滅度の後をや。此の言・良(まこと)に所以(ゆえ)有るなり」文。

 道暹(どうせん)和尚の輔正記(ふしょうき)に云く「法華の教興れば権教即ち廃す。日出でぬれば星隠れ、功みなるを見て拙(つたな)きを知る」文。

 法華経の安楽行品に云く「一切世間怨多くして信じ難し」文。

 薬王品に云く「我滅度の後、後の五百歳の中(うち)閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」文。

 勧発品に云く「我今神通力を以ての故に是の経を守護して如来滅後、閻浮提の内に於て広く流布せしめて断絶せざらしめん」と文。

 文句の一に云く「但当時大利益を獲るのみに非ず、後五百歳遠く妙道に沾(うるお)わん」と文。

 一乗要決に云く「日本一州・円機純一・朝野遠近同じく一乗に帰し、緇素(しそ)貴賎悉く成仏を期す。安然の広釈に云く、彼の天竺国には外道有つて仏道を信ぜず。亦小乗有つて大乗を許さず。其の大唐国には道法有つて仏法を許さず、亦小乗有つて大乗を許さず。我が日本国には皆大乗を信じて・一人として成仏を願わざるもの有ること無し」。

 瑜伽論に云く「東方に小国有つて唯大乗の機のみ有りと。豈我が国に非ずや」文。



つづく





by johsei1129 | 2020-02-23 22:21 | 御書十大部(五大部除く) | Trackback | Comments(0)


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