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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 06月 22日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(133)

【二十八品に一文充の大事 】

安楽行品(注)

一切諸法 空無所有 無有常住 亦無起滅(注)

此の文は任運に常住の妙法なる故に、六道の生滅、本来不生と談ず故に起滅無し。

所謂、南無妙法蓮華経は、本来無起滅なり云云。



安楽行品
安楽行品第十四では冒頭で文殊菩薩が釈尊に対し「釈迦滅後、この法華経をどのようにして説いて行ったらよいのか」と問いかけ、釈尊はそれに答えて「身・口・意・誓願」の4種の安楽行を説いた。

「身」
権力者、女人、外道、「仏乗」ではなく「声聞」を求める僧等に親近するな、柔和忍辱の衣を着て世間の非難等に耐え忍ぶ事、安楽行に住し、他者への誹謗等をしないこと、一切法は空であると把握して解く事。例えば権力者、女人に親近するなとは.その人たちに法華経を説くなと言っているのではなく、女人、権力者になびく事無く、法を説くと言う心を決定して説かなければならないとする。

「口」
他人を軽蔑せず、その過失を暴かず、穏やかに心の口で説く。

「意」
他の仏法を学ぶ者に対して嫉妬、そしり、争いの心を抱かないこと。

「誓願」
大慈大悲の心で一切衆生を救済するという誓願を発すること。


尚、「意」の安楽行は日蓮大聖人が「四箇の格言(しかのかくげん)」で念仏・真言等の他宗派を強く責めた事と矛盾するようだが、この点は釈迦滅後の正像二千年と末法万年との修行の違いであり、日蓮大聖人はこの「安楽行」について「御義口伝」で『御義口伝に云く、妙法蓮華経を安楽に行ぜむ事、末法に於て今、日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり』と、門下に対し厳しく諭されておられます。


一切諸法 空無所有 無有常住 亦無起滅
安楽行品第十四の次の偈にある文文
[原文]
亦不分別 是男是女 不得諸法 不知不見
是則名為 菩薩行処 一切諸法 空無所有
無有常住 亦無起滅 是名智者 所親近処
[和訳]
亦、是は男、是は女と分別せず、諸法を得ず、知らず見ず。
是を則ち名づけて菩薩の行処と為せり。一切の諸法は空にして有る所無けり。
常住で有ること無く、亦、起滅すること無し。是を智者に親近せられる処と名づけり。







by johsei1129 | 2019-06-22 23:58 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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