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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 05月 25日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(123)

【二十八品に一文充の大事 】

信解品(注)

一念三千なり をのずから十界なり。
無上宝珠 不求自得(注)
題目五字なり ホシイママニエタリ
 
         もとこれ
此の文は無始色心は本是、理性の妙境妙(注)なれば、己心より外に実相を求む可からず。
所謂南無妙法蓮華経は不求自得なり。


信解品
妙法蓮華経信解品第四

この品は、法華経以前は二乗(声聞・縁覚)不作仏と釈尊から責められた十大弟子の筆頭格舎利弗が、法華経譬喩品第三で「華光如来」の記別を受けたことに対し、摩訶迦葉(まかかしょう)らの他の弟子達が歓喜し、自分たちも仏となれると知り「無上の宝珠 をいま求めずして得たり」と釈尊に感謝の言を述べることが記されています。
摩訶迦葉はこの「無上宝珠 不求自得」を具体的に法華七喩の一つ長者窮子(ちょうじゃぐうじ(注))の譬えを釈尊に語ることで自分たちの喜びを伝えます。

長者窮子の比喩
 ある長者の子供が幼い時に家を出た。その子は50年間貧乏のまま流浪し、偶然父の大邸宅に立ち寄る。父親はその窮子を見て直ぐに我息子だと確信、召使いに連れてくるよう命じる。しかし息子は権力者に捕まえられる思い逃げ出す。そこで長者は一計を案じ、召使いにみすぼらしい格好をさせ「いい仕事があるから一緒にやらないか」と誘わせ邸宅に連れ戻す。
 長者はその窮子を雇い、最初に汲み取りを任せた。長者も窮子と同じ身なりで窮子に近づき共に汗を流す。窮子も長者の期待に応え熱心に仕事をこなした。やがて20年経ち、長者は窮子に財産の管理を任せると、窮子は金品をごまかすことなく誠実に仕事をこなし続けた。やがて臨終を前にした長者は一族と窮子に実の子であることを明かした。
 この物語の長者は仏で、窮子とは迷える衆生であり、誠実に長者の教え通り仕事を続けたことで長者の膨大な財産を相続できたことを、仏の教えを信じ誠実に修行することで、仏と成ると言う無上の宝珠を得る事ができる事を示しています。


無上宝珠 不求自得
信解品の下記の偈にある文
[原文]
我等今日 聞仏音教 歓喜踊躍 得未曾有 
仏説声聞 当得作仏 無上宝聚 不求自得
[和訳]
我等今日、仏の音教を聞きて歓喜・踊躍し未曾有なることを得たり。
仏、声聞に当に作仏することを得べしと説きたもう。無上の宝聚(ほうじゅ)を求めざるに自ずから得たり

無始色心は本是、理性の妙境妙智
上記の文について日蓮大聖人は【御講聞書(おんこうききがき)】で次の様に解き明かされておられます。
我等衆生の色心の二法は妙法の二字なり無始色心・本是理性・妙境妙智と開覚するを大意と云うなり。大は色法の徳・意は心法の徳なり大の字は形に訓ぜり。
 今、日蓮等の類・南無妙法蓮華経と唱え奉る男女・貴賤・等の色心本有の妙境妙智なり、父母果縛の肉身の外に別に三十二相・八十種好の相好之れ無し即身成仏是なり、然る間大の一字に法界を悉く収むるが故に法華経を大乗と云うなり。
 一切の仏菩薩・聖衆・人畜・地獄等の衆生の智慧を具足し給うが故に仏意と云うなり。
大乗と云うも同じ事なり、是れ即ち妙法蓮華経の具徳なり。されば九界の衆生の意を以て仏の意とす、一切経の心を以て法華経の意とす、於一仏乗分別説三とは是なり。
 かかる目出度き法華経を謗じ奉る事・三世の諸仏の御舌を切るに非ずや、然るに此の妙法蓮華経の具徳をば仏の智慧にてもはかりがたく、何に況や菩薩の智力に及ぶ可けんや。
 之に依つて大聖塔中偈の相伝に云く、一家の本意は只一言を以て本と為す云云。
此の一言とは寂照不二の一言なり、或は本末究竟等の一言とも云うなり、真実の義には南無妙法蓮華経の一言なり。
 本とは凡夫なり、末とは仏なり、究竟とは生仏一如なり、生仏一如の如の体は所謂南無妙法蓮華経是なり云云』






by johsei1129 | 2019-05-25 23:21 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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