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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 05月 03日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(111)

【無量義経五箇の大事】

第三 義の字の事

御義口伝に云く、義とは観心なり、其の故は文は教相、義は観心(注)なり。

所説の文字を心地に沙汰するを義と云うなり、就中(なかんずく)無量義は一法より無量の義を出生すと談ず。

能生は義、所生は無量なり、是は無量義経の能生・所生なり。

法華経と無量義経とを相対する能所に非ざるなり。無相不相名為実相の理より万法を開出すと云う、源が実相なる故に観心と云うなり。

此くの如く無量義の三字を迹門・本門・観心に配当する事は、法華の妙法等の題と今の無量義の題と一体不二の序正なり、と相承の心を相伝せむが為なり。



文は教相、義は観心
教相は謂わば理論であり、観心は実際の事実を意味する。
例えば全ての衆生に仏界=仏の命が内在しているとする教えは、この段階では理論であり、つまり教相である。
そして実際に日蓮大聖人が図現なされた御本尊に南無妙法蓮華と唱えて己心の仏界を湧現することは実際の事実となり観心となる。

日蓮大聖人はこの観心について【観心本尊抄】で次の様に解き明かされておられます。
『観心の心如何、答えて曰く観心とは我が己心を観じて十法界を見る是を観心と云うなり、譬えば他人の六根を見ると雖も未だ自面の六根を見ざれば自具の六根を知らず、明鏡(注)に向うの時始めて自具の六根を見るが如し』と。

明鏡

日蓮大聖人が図現なされた十界曼荼羅ご本草を意味しております。

さらに日蓮大聖人は「教相・観心」について【本因妙抄】において次の様に解き明かされておられます。
『日蓮は名字即の位、弟子檀那は理即の位なり、上行所伝結要(けっちょう)付属の行儀は教観判乗・皆名字即・五味の主の修行なり。
故に教相の次第、要用に依る可し。唯大綱を存する時は余は網目を事とせず彼は網目・此れは大綱、彼は網目の教相の主、此れは大綱・首題の主。
 恐くは日蓮の行儀には天台伝教も及ばず、何に況や他師の行儀に於てをや。唯在世八箇年の儀式を移して滅後・末法の行儀と為す。
然りと雖も(※釈尊)は熟脱(じゅくだつ)の教主、某(※日蓮)は下種の法主なり。彼の一品二半は舎利弗等の為には観心たり、我等・凡夫の為には教相たり。
理即・短妄の凡夫の為の観心は余行に渡らざる南無妙法蓮華経是なり。是くの如く深義を知らざる僻人(びゃくにん)出来して、予が立義は教相辺外と思う可き者なり。
此等は皆宿業の拙き、修因感果の至極せるなるべし。
 
 彼の天台大師には三千人の弟子ありて章安(注)一人朗然なり、伝教大師は三千人の衆徒を置く、義真(注)已後は其れ無きが如し。
(※日蓮大聖人御在世の今)以て此くの如し、数輩の弟子有りと雖も、疑心無く正義を伝うる者は希にして、一二の小石(注)の如し、秘す可きの法門なり』と。
※は筆者追記

章安
中国天台宗第四祖、天台大師(天台宗第三祖)が説いた法華経の釈三大部「法華玄義、法華文句、摩訶止観」その他、天台大師の大半の説法を筆録した。

義真
最澄の中国語の通訳として付き添い唐へ渡る。822年、最澄没後、比叡山延暦寺大乗戒壇、初の授戒の伝戒師となる。2年後、初代の天台座主に就任

一二の小石
日蓮大聖人に常随給仕なされた第二祖日興上人並びに第三祖日目上人であろうと強く推察されます。










by johsei1129 | 2019-05-03 17:29 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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