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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 05月 02日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(111)

【無量義経五箇の大事】


第二 量の字の事

御義口伝に云く、量の字を本門に配当する事は量とは権摂の義なり、本門の心は無作三身を談ず。

此の無作三身とは仏の上ばかりにて之を云わず、森羅万法を自受用身の自体顕照と談ずる(注)故に
迹門にして不変真如の理円を明かす処を改めずして、己が当体無作三身と沙汰するが、本門事円三千の意なり。

是れ即ち、桜梅桃李の己己の当体を改めずして無作三身と開見すれば、是れ即ち量の義なり。

今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は無作三身の本主なり云云。



森羅万法を自受用身の自体顕照と談ずる

日蓮大聖人は上記の自受用身の自体顕照と談ずるについて御義口伝【寿量品二十七箇の大事】で次の様に解き明かされておられます。
『 第二十二 自我偈始終の事
御義口伝に云く自とは始なり、速成就仏身の身は終りなり、始終自身なり、中の文字は受用なり、仍つて自我偈(注)は自受用身なり。
法界を自身と開き、法界自受用身なれば、自我偈に非ずと云う事なし。自受用身とは一念三千なり、伝教云く「一念三千即自受用身・自受用身とは尊形を出でたる仏と・出尊形仏とは無作の三身と云う事なり」云云。今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者是なり云云』
つまり森羅万法は「法界」を意味し、「自受用身の自体顕照」とは仏の命=自受用身を開いたのが森羅万法であると談ずる事を意味しております。

自我偈
妙法蓮華経如来寿量品第十六の『自我得仏来から末尾までの偈』で妙法蓮華経の核心の説となる。
この自我偈について日蓮大聖人は【法蓮抄】で次の様に解き明かされておられます。
夫れ法華経は一代聖教の骨髄なり自我偈は二十八品のたましひなり、三世の諸仏は寿量品を命とし十方の菩薩も自我偈を眼目とす、自我偈の功徳をば私に申すべからず次下に分別功徳品に載せられたり、此の自我偈を聴聞して仏になりたる人人の数をあげて候には小千・大千・三千世界の微塵の数をこそ・あげて候へ、其の上薬王品已下の六品得道のもの自我偈の余残なり。
 涅槃経四十巻の中に集りて候いし五十二類にも自我偈の功徳をこそ仏は重ねて説かせ給いしか。されば初め寂滅道場に十方世界微塵数の大菩薩・天人等・雲の如くに集りて候いし大集・大品の諸聖も大日経・金剛頂経等の千二百余尊も過去に法華経の自我偈を聴聞してありし人人、信力よはくして三五の塵点を経しかども今度(このたび)・釈迦仏に値い奉りて法華経の功徳すすむ故に霊山をまたずして爾前の経経を縁として得道なると見えたり。
 されば十方世界の諸仏は自我偈を師として仏にならせ給う世界の人の父母の如し。今法華経・寿量品を持つ人は諸仏の命を続ぐ人なり』と。









by johsei1129 | 2019-05-02 20:36 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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