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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 04月 16日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(100)

【厳王品三箇の大事】


第二 浮木孔(ぶもっく)の事(注)


御義口伝に云く、孔とは小孔・大孔の二之れ有り。小孔とは四十余年の経教なり、大孔とは法華経の題目なり。

今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは大孔なり。一切衆生は一眼の亀なり。栴檀の浮木とは法華経なり。

生死の大海に南無妙法蓮華経の大孔ある浮木は、法華経に之在り云云。



浮木孔の事
衆生が如何に真実の仏の教え、法華経に出会うことの困難さを示した涅槃経に記されている譬え話で、盲亀の浮木とも言う。

日蓮大聖人は【松野殿後家尼御前御返事】で下記の様に詳細にこの譬え話を記されておられます。
『心は大海の中に八万由旬の底に亀と申す大魚あり。手足もなくひれもなし。腹のあつ(熱)き事はくろがねのやけ(焼)るがごとし、せなかのこう(甲)のさむき事は雪山ににたり。
 此の魚の昼夜朝暮のねがひ・時時剋剋の口ずさみには、腹をひや(冷)しこうをあたた(温)めんと思ふ。赤栴檀と申す木をば聖木と名つく、人の中の聖人なり。余の一切の木をば凡木と申す、愚人の如し。此の栴檀の木は此の魚の腹をひやす木なり。あはれ此の木にのぼりて腹をば穴に入れてひやし、こうをば天の日にあて、あたためばやと申すなり。
 自然のことはりとして千年に一度出る亀なり。しかれども此の木に値(あう)事かたし。大海は広し亀はちいさし、浮木はまれなり。たとひよ(余)のうききにはあへども栴檀にはあはず。あへども亀の腹をえ(選)りはめたる様に、がい(涯)分に相応したる浮木の穴にあひがたし。
 我が身をち(落)入りなば、こうをもあたためがたし。誰か又とりあぐべき。又穴せば(狭)くして腹を穴に入れえずんば波にあらひ、をとされて大海にしづみなむ。
たとひ不思議として栴檀の浮木の穴にたまたま行きあへども、我一眼のひがめる故に、浮木西にながるれば東と見る、故にいそいでのら(乗)んと思いておよげば弥弥(いよいよ)とをざかる。東に流るを西と見る、南北も又此くの如し云云。浮木にはとを(遠)ざかれども近づく事はなし。是の如く、無量無辺劫にも一眼の亀の浮木の穴にあひがたき事を、仏説き給へり』と。







by johsei1129 | 2019-04-16 22:23 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)


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