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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 03月 30日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(87)


第一 無尽意菩薩の事(注)

御義口伝に云く、無尽意とは円融の三諦なり、無とは空諦・尽とは仮諦・意とは中道なり。(注)
観世音とは観は空諦・世は仮諦・音は中道なり。

妙法蓮華経とは妙とは空諦・法蓮華は仮諦・経とは中道なり、三諦法性の妙理を三諦の観世音と三諦の無尽意に対して説き給うなり。

今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は末法の無尽意なり。
所詮無とは我等が死の相なり、尽とは我等が生の相なり、意とは我等が命根なり。

然る間一切の法門・境智冥合等の法門、意の一字に之を摂入す。
此の意とは中道法性なり、法性とは南無妙法蓮華経なり。仍つて意の五字なり。

我等が胎内の五位の中には第五番の形なり、其の故は第五番の姿は五輪なり、五輪即ち妙法等の五字なり。
此の五字・又意の字なり、仏意とは妙法の五字なり、此の事・別に之無し。

仏の意とは法華経なり、是を寿量品にして是好良薬(注)とて三世の諸仏の好(このみ)もの良薬と説かれたり。

森羅三千の諸法は意の一字には過ぎざるなり。此の仏の意を信ずるを信心とは申すなり、されば心は有分別(注)なり、倶に妙法の全体なり云云。


無尽意菩薩
普門品は観世音菩薩普門品の略であり、本品の最初に無尽意菩薩が登場し、
釈尊に観世音菩薩普は如何なる因縁で「観世音菩薩」と名付けるのか以下の文で問いかける。
日蓮大聖人はこの無尽意菩薩の法号で妙法蓮華経の核心である「空諦・仮諦・中道」の円融の三諦を解き明かされておられます。

[原文]
世尊 観世音菩薩 以何因縁 名観世音

無とは空諦・尽とは仮諦・意とは中道なり
円融の三諦を示している。

三諦とは仮諦・空諦・中諦のことで、仏法では有情・非情を含め、この世の存在は仮諦・空諦・中諦として存在するとしている。

例えば水は、氷、雪、水蒸気と外部要件=縁(主に温度)により姿を変える。いまコップに在る液体の水の存在はあくまで仮の姿にすぎない。しかしH2Oという本質は、人の目に見ることができないが確かに「水、氷、雪、水蒸気」の共通の本質であり、謂わば空の状態と言える。其の本質を統合している姿を中諦であると見る。


有分別
分別とは物事の理(ことわり)を思惟する事。
阿毘達磨倶舎論ではこの分別を三種あると説いてる。
(1) 自性分別つまり直覚作用のこと,(2) 計度分別は判断推理作用のこと,(3) 随念分別は過去の出来事の追想記憶作用のこと。意識は三分別すべてを有しているので有分別となる。この三分別の作用ができない事を無分別という。

是好良薬
如来寿量品で説かれる法華経七喩の一つ「良医病子」に出てくる偈

「良医の留守中、子供たちが毒薬を飲んで苦しんでいた。そこへ帰った良医は色も香りも良い良薬を調合し子供たちに与える。
半数の子供たちはその良薬を飲んで回復したが、残りの子供たちは毒が深く入り本心を失ったため良薬だと思えず飲もうとしなかった。
そこで良医は一計を案じ、私の命はもう長くはない、遠く行かなければならないのでその薬をのむように言い残して外出する。
そこで外出先から使いの者を出し、父親が出先で死んだと告げさせる。父の死を聞いた子供たちはその悲しみで本心を取り戻し、父親が残した良薬を飲んで病を治す。この比喩の良医は仏で、末法では日蓮大聖人を示している。病で苦しむ子供たちは正法を信じない迷える凡夫の衆生を示し、良医が死んだと告げたのは仏が方便で涅槃したことを表している。







by johsei1129 | 2019-03-30 22:31 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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