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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 02月 22日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(64)



第二十八 究竟即礼拝住処の事

御義口伝に云く、凡有所見(ぼんぬしょけん)の見は仏知見(注)なり、仏知見を以て上慢の四衆を礼拝する間、究竟即(注)を礼拝の住処と定むるなり云云。



仏知見
仏の智慧、仏性の事。四仏知見の一つ

釈尊は妙法蓮華経・方便品第二で、仏が世に出現する「一大事因縁」を次の様に「四仏知見」として解き明かす。
「諸仏世尊は、唯、一大事の因縁を以っての故に、世に出現したもうと名づくる。諸仏世尊は、衆生をして仏知見を開かしめ、仏知見を示し、仏知見を悟らしめ、仏知見の道に入らしめん、と欲するが故に、世に出現したもう」と。


究竟即
天台が立てた内在する仏性を悟るに至る六段階(六即)の最高到達点、つまり仏の位となる。

日蓮大聖人は御義口伝【寿量品二十七箇の大事】で次のように説かれておられます。
「六即の配立の時は、此の品の如来は理即の凡夫なり、頭に南無妙法蓮華経を頂戴し奉る時、名字即なり。その故は始めて聞く所の題目なるが故なり、聞き奉りて修行するは観行即なり、此の観行即とは事の一念三千の本尊を観ずるなり。
 さて惑障を伏するを相似即と云うなり、化他に出づるを分真即と云うなり、無作の三身仏なりと究竟(究める)したるを究竟即の仏とは云うなり」と。







by johsei1129 | 2019-02-22 22:52 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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