日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 01月 14日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(36)

【法師功徳品四箇の大事】

第四 是人持此経 安住希有地の事(注)

御義口伝に云く、是人とは、日本国の一切衆生の中には法華の行者なり。

 希有地とは、寿量品の事理の顕本を指すなり。是を又分別品には「仏説希有法(注)」と説かれたり、別しては南無妙法蓮華経なり。

今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の希有の地とは、末法弘通の明鏡たる本尊なり。 

 惣じては此の品の六根清浄の功徳は、十信相似即(注)なり。

 対告衆の常精進菩薩(注)は、十信の第三信と云えり、然りと雖も末法に於ては、法華経の行者を指して常精進菩薩と心得可きなり。

此の経の持者は、是則精進の故なり。


是人持此経 安住希有地

法師功徳品の最終段の次の偈にある文
[原典]
持法華経者 意根浄若斯 雖未得無漏 先有如是相
是人持此経 安住希有地 為一切衆生 歓喜而愛敬
能以千万種 善巧之語言 分別而演説 持法華経故
[和訳]
法華経を持つ者は、意根の浄きこと斯くの若く、未だ無漏を得ずと雖ど、先ず是の如く相、有らん。
是の人、此の経を持たば、希有の地に安住し、一切衆生の為に、歓喜りて愛敬せられん。
能く、千万種の善巧なる語言を以て、分別して而して演説するは、この法華経を持す故なり。

仏説希有法
妙法蓮華経 分別功徳品第十七にある次の偈
[原本]
仏説希有法 昔所未曾聞 世尊于大力 寿命不可量
無数諸仏子 聞世尊分別 説得法利者 歓喜充遍身
[和訳]
仏、希有の法を説きたもう。昔より未だ曾て聞かざる所なり。
世尊(釈尊))は大力ましまして、寿命量るべからざるなり。
無数の諸の仏子、世尊の分別して、法利を得たる者を説きたもうを聞いて、歓喜その身に遍ねく充ちし。

十信相似即
十信(じゅうしん)は、菩薩が修行して得られる菩薩五十二位の内、最下位の1番目から10番目の位で、菩薩が仏の教えを信じ疑心がない位をいう。
仏の教法に入らんとする者はまず信の心を持つことから出発するので十信という。
相似即は天台大師が『摩訶止観』で説いた、法華経を修行し究極の悟りに至る六つの段階(理即・名字即・観行即・相似即・分真即・究竟即の六即)のことで、相似即[そうじそく]は、仏の覚りに似た智慧が得られる段階。

常精進菩薩
法師功徳品第十九 で説かれる菩薩で、常に精進を怠らない者の意。

日蓮大聖人は御義口伝【二十八品に一文充の大事 】の涌出品で、次の様に「精進」を解き明かされておられます。

涌出品  
 生死二
昼夜常精進 為求仏道故 (昼夜に常に精進す、仏道を求めんが為の故なり)

此の文は一念に億劫の辛労を尽せば、本来無作の三身念念に起るなり。所謂南無妙法蓮華経は精進行なり。







by johsei1129 | 2019-01-14 19:34 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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