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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 01月 12日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(34)

【法師功徳品四箇の大事】

第二 六根清浄の事

御義口伝に云く、眼の功徳とは、法華不信の者は無間に堕在し、信ずる者は成仏なりと見るを以て眼の功徳とするなり。

法華経を持ち奉る処に、眼の八百の功徳を得るなり。(注)

眼とは法華経なり、此の大乗経典は諸仏の眼目と。

今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、眼の功徳を得るなり云云。耳・鼻・舌・身・意又又此くの如きなり云云。



法華経を持ち奉る処に、眼の八百の功徳を得るなり

「眼の八百の功徳を得る」を記した【法師功徳品】の偈は次の通りです。
[原文]
若於大衆中 以無所畏心 説是法華経 汝聴其功徳
是人得八百 功徳殊勝眼 以是荘厳故 其目甚清浄
父母所生眼 悉見三千界 内外弥楼山 須弥及鉄囲
并諸余山林 大海江河水 下至阿鼻獄 上至有頂天
其中諸衆生 一切皆悉見 雖未得天眼 肉眼力如是
[和訳]
若し、大衆の中に於いて、畏れる心無き所を以て、是の法華経を説かば、汝は其の功徳を聴かん
是の人、八百の殊に勝れた眼を得る。是の荘厳な故を以て、其の目は甚だ清浄なり。
父母所生の眼にして、悉く三千界を見て、内外の弥楼山、須弥及び鉄囲、並びに諸余の山林、大海の江河水、下は阿鼻獄に至り、上は有頂天に至る。
其の中の諸の衆生は、一切、皆悉く見る。未だ天眼を得ざると謂えども、(清浄になった)肉眼の力は是の如しである。









by johsei1129 | 2019-01-12 18:07 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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