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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 01月 11日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(32)

【随喜品二箇の大事】

第二 口気無臭穢 優鉢華之香 常從其口出の事 (注)

御義口伝に云く、口気とは題目なり。無臭穢とは弥陀等の権教、方便、無得道の教を交えざるなり。

 優鉢華之香とは法華経なり。末法の今は題目なり。

方便品に、如優曇鉢華の事を一念三千と云えり、之を案ず可し。

常とは三世常住(注)なり、其口とは法華の行者の口なり、出とは南無妙法蓮華経なり。

今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは、常従其口出なり云云。




口気無臭穢 優鉢華之香 常從其口出

妙法蓮華経 随喜功徳品第十八の最後の偈にある次の文

 妙法蓮華経 随喜功徳品第十八の冒頭で弥勒菩薩は釈尊に
「世尊滅度後 其有聞是経 若能随喜者 為得幾所福」と問いかける。
つまり釈尊の滅度の後に、この法華経を聞いて、若し能く随喜する者は、幾ばくの福を得ることを為すや、との弥勒の問いかけに対し、釈尊は様々な福徳があることが説かれて、下記の最終段の偈は、その結論が示されている。

[原文]
為人所喜見 口気無臭穢 優鉢華之香 常従其口出
若故詣僧坊 欲聴法華経 須臾聞歓喜 今当説其福
後生天人中 得妙象馬車 珍宝之輦輿 及乗天宮殿
若於講法処 勧人坐聴経 是福因縁得 釈梵転輪座
何況一心聴 解説其義趣 如説而修行 其福不可限
[和訳]
人に(この修行者)を見たいと喜こばれる所と為り。口の気は臭穢無く、優鉢華の香は常に其の口より出でん。
若し僧坊に詣で、法華経を聴かんと欲するが故に、須臾も聞きて歓喜すれば、今、当に其の福を説くべし。
後(の世)に天界・人界の中に生れて、妙なる象・馬の車、珍宝の輦輿を得て、及び天宮殿に乗らん。
若し、法を講ずる処に於いて、人に「坐りてこの経を聴くよう」勧めば、是の福の因縁を得て、釈・梵・転輪の座を得ん。
況や一心に聴いて、其の義の趣を解説し、説の如く修行すれば、其の福、限りあるべかず。

三世常住
妙法蓮華経経では、全ての衆生(人も動物も)は、過去世・現世・未来世の三世を巡り巡っていて、未来世に生まれた時の境遇は現世の善行・悪行の報いとして定まると説き明かしている。

日蓮大聖人は、森羅万象の究極である南無妙法蓮華経を図現した十界曼荼羅の御本尊に「南無妙法蓮華経」と唱えることが仏になるための究極の修行法であると次の様に解き明かした。
「今末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし。
但南無妙法蓮華経なるべし。かう申し出だして候も、わたくし(日蓮)の計(はからい)にはあらず。釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌千界の御計なり。
此の南無妙法蓮華経に余事をまじへば、ゆゆしきひが事なり。
日出でぬれば、とほしび(灯)せん(詮)なし。雨のふるに、露、なにのせんかあるべき。嬰児(みどりご)に乳より外(ほか)のものをやしな(養)うべきか。
良薬に又薬を加えぬる事なし」と。








by johsei1129 | 2019-01-11 17:43 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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