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日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 12月 17日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(22)

【寿量品二十七箇の大事】

第二十二 自我偈始終の事

 御義口伝に云く、自とは始なり、速成就仏身の身は終りなり、始終自身なり、中の文字は受用なり。
 仍つて自我偈は自受用身(注)なり。

法界を自身と開き、法界自受用身なれば自我偈に非ずと云う事なし。

 自受用身とは一念三千なり、伝教云く「一念三千即自受用身、自受用身とは尊形を出でたる仏と出尊形仏(注)とは、無作の三身と云う事なり」云云。

今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者、是なり云云。



自受用身

「じじゅゆうしん(ほしいままにうけもちいるみ)」と読む。

森羅万象の究極の法(妙法蓮華経)を覚知し、自在の境涯をもつ仏の身を示す。

出尊形仏
尊形を出でたる仏の意で、 三十二相・八十種好をかねそなえた色相荘厳の仏(尊形仏)に対比する言葉。

尊形仏とは、具体的にはインドの釈迦族の王子として応誕した釈尊を示す。

それに対し、出尊形仏とは、凡夫そのままの仏のことで、無作三身如来、つまり末法の世に、安房(現在の千葉県)小湊の漁師の子として誕生した日蓮大聖人のことである。

身分格差が激しいカースト制度のインドでは、釈尊は身分の高い王族の子息として生まれる必要があった。王族の血筋だからこそ人々は釈迦の教えに耳を傾けた。
 それに対し日蓮大聖人は「下克上」の鎌倉幕府の時代に生を受けるべくして誕生した。
武士は身分の低い農民が武力により成り上がり、ついには天皇さえ島流しするほどの力を持った。当時の日蓮の信徒は自分たちと同じ低い身分の出身である日蓮に強い共感を持ったものと推察される。

この事について日蓮大聖人は【佐渡御書】で次のように解き明かしている。

『日蓮今生には貧窮下賤の者と生れ旃陀羅(せんだら)が家より出たり。
 心こそすこし法華経を信じたる様なれども、身は人身に似て畜身なり。魚鳥を混丸して赤白二諦とせり、其中に識神をやどす。
 濁水に月のうつれるが如し、糞嚢に金をつつめるなるべし。

 心は法華経を信ずる故に梵天帝釈をも猶恐しと思はず、身は畜生の身なり、色心不相応の故に愚者のあなづる道理なり。
心も又身に対すればこそ、月、金にもたとふ(譬)れ』と。










by johsei1129 | 2018-12-17 21:42 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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