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日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 12月 15日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(20)

【寿量品二十七箇の大事】

第二十 得入無上道等の事(注)

御義口伝に云く、無上道とは寿量品の無作の三身(注)なり。
此の外に成就仏身之れ無し。

今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者は成就仏身、疑無きなり云云。




得入無上道等

妙法蓮華経二十八品の極説「如来寿量品第十六」の最終段の以下の偈。

[原文] 
毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身
[和訳]
(仏は)毎自(つね)に是の念を為せり。『以何にして衆生を、無上道(仏道)に入らしめて、速に仏身を成就せざらん』と。

無作の三身
無作とは有作の反対で、つくろわず、はたらかさず、ありのままの意で仏の境涯を示す。

三身とは、法・報・応の三身を示す。

仏法では命とは法身(ほっしん=魂魄)、報身(ほうしん=根底の境涯)、応身(おうじん=現実の姿(色心))の三身を具していると説く。

この三身を喩えとして「水」で示すと、酸素の原子、水素原子が魂魄つまり法身とすると、ある作用で酸素と水素原子が結びつき【H2O】の水の分子ができるとする。これが報身と見なせば、水は現実の実際の姿は外部の条件により水、氷、雪、水蒸気などど現実に目に見える姿に変化する。この姿が応身と見なすことができる。

釈尊は如来寿量品第十六の長行(※)で、途方も無いほどの過去世に菩薩の修行をして仏になり、それ以降三千大千世界(宇宙)に存在する無数の仏国土で衆生を化道してきており、そして今、娑婆世界のインドに釈迦族の王子として応誕し、修行して仏になる姿を衆生に見せたのだと説いた。

 この場合、遥か久遠に菩薩行を為した結果として成道した境涯が報身で、釈迦族の王子として応誕した現実の色心は応身となる。
つまり法身は無始無終で存在し、報身は、一度仏として成道した以降は永遠に仏として存在する。つまり報身は有始無終で、応身は生まれもあれば死もある有始有終の存在として実存する。

日蓮大聖人は御義口伝「南無妙法蓮華経如来寿量品第十六の事」「惣じて伏惑を以て寿量品の極とせず、唯凡夫の当体本有(ほんぬ)の儘(まま)を此の品の極理と心得可きなり。無作の三身の所作は何物ぞと云う時南無妙法蓮華経なり云云」と解き明かしている。


如来寿量品第十六の長行の該当する文文
(原文)
我成仏已来 復過於此 百千万億那由佗 阿僧祇劫。
自従是来 我常在此娑婆世界 説法教化 亦於余処
百千万億 那由佗 阿僧祇国 導利衆生
(和訳)
我は成仏して已来 復た此に過ぎること、百千万億那由佗 阿僧祇劫(はるか久遠)なり。
是より以来、我は常に此の娑婆世界に在りて 説法教化し、亦た余処の 百千万億 那由佗 阿僧祇(ほぼ無数の)仏国土にても
衆生を導き利してきたのだ。



by johsei1129 | 2018-12-15 22:21 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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