日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 12月 06日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(14)

【寿量品二十七箇の大事】

第十四 時我及衆僧  倶出霊鷲山の事(注)


 御義口伝に云く、霊山一会 儼然未散の文なり。

時とは感応末法の時なり。我とは釈尊、及とは菩薩、聖衆を衆僧と説かれたり。
倶とは十界なり、霊鷲山(注)とは寂光土なり。時に我も及も衆僧も倶に霊鷲山に出ずるなり、秘す可し秘す可し。

本門事の一念三千の明文なり、御本尊(注)は此の文を顕し出だし給うなり。
されば倶とは不変真如の理なり、出とは随縁真如の智なり、倶とは一念なり、出とは三千なり云云。

  又云く、時とは本時娑婆世界の時なり。下は十界宛然の曼陀羅を顕す文なり。
 其の故は、時とは末法第五時の時(注)なり。

 我とは釈尊、及は菩薩、衆僧は二乗、倶とは六道なり。出とは霊山浄土に列出するなり。 
 霊山とは、御本尊並びに日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住所を説くなり云云。



時我及衆僧  倶出霊鷲山

下記如来寿量品の偈にある文文

[原文]
時我及衆僧 倶出霊鷲山 我時語衆生 常在此不滅
以方便力故 現有滅不滅 余国有衆生 恭敬信楽者
我復於彼中 為説無上法

[和訳]
時に我、及び衆僧は、倶に霊鷲山に出ずるなり。我は時に衆生に次のように語れり、常にここ(娑婆世界)に有りて滅せずとも、
方便力を以ての故に、滅、不滅有りと現ぜり。余国(他の仏国土)の衆生ありて、(仏を)恭敬し信楽せし者有れば、
我(仏)復た、彼の中(余国)に於いて、為に無上の法(法華経)を説かん。

霊鷲山
釈尊が晩年の八年間で妙法蓮華経を直弟子千二百人に説いた、現存する小高い山。
サンスクリットの音訳で耆闍崛山(ぎじゃくっせん)とも称される。

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[霊鷲山]現在でも世界中の仏教徒が訪れている。

末法第五時の時

釈尊は自身滅後の仏法弘通の次第を、「大集経」で次のように説いた。其の中で末法の始りは、第5番目の五百年に当る。

正法千年(正しい法が伝わる時代:東南アジアに小乗経が伝わる)
1.解脱堅固 五百年 煩悩の繋縛から解脱する修行が広まる。
2.禅定堅固 五百年  禅定(端座し瞑想)して己心を内観する修行が広まる。

像法千年 (正しい法に似た教えが伝わる時、中国、日本に大乗経が伝わる)
3.多聞堅固 五百年(仏典が漢訳され盛んに読誦された)
4.多造塔寺堅固 五百年(仏法が国の理念となり、国主により仏教伽藍が多数建てられた)

末法(万年) 
5. 白法隠没・闘諍堅固 五百年(釈迦仏法の修行法が時代適合でき効力を失い、権力者同士の争いの時代と為る。)

御本尊

日蓮大聖人が佐渡流罪以降に図現された十界曼荼羅の御本尊は、霊鷲山での釈尊の虚空会の儀式を借りて、己心の仏界つまり一切衆生の己心に内在する慈悲心を図現為されておられる。

大聖人は【御義口伝【序品七箇の大事】第四 仏所護念の事】 で次のように説かれている。

「今、日蓮等の類いは護念の体(=妙法蓮華経)を弘むるなり。
(中略)
法体に約するとは、法体とは本有常住なり、一切衆生の慈悲心是なり」と。










by johsei1129 | 2018-12-06 21:58 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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