日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 09月 24日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(7)

【寿量品二十七箇の大事】

第七 或失本心 或不失者の事(注)

御義口伝に云く、本心を失うとは謗法(注)なり、本心とは下種(注)なり、不失とは法華経の行者なり。失とは、本、有る物を失う事なり。


今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは、本心を失わざるなり云云。


(注)

或失本心 或不失者
法華経七喩の一つで如来寿量品第十六で説かれる「良医病子(注)」の譬えを説いている文

良医病子の譬え

ある所に良医がおり、その良医には百人余りの子供がいた。ある時、良医が外国に旅行している留守中に子供たちが誤って毒薬を飲み、悶え苦しんでいた。そこへ帰った良医は薬を調合して味も良い良薬を子供たちに与えたが、半数の子供たちは父親の薬を素直に飲んで本心を取り戻した。しかし残りの子供たちは本心を失っていたため、その薬は味も悪いと言って飲もうとしなかった。そこで良医は一計を案じ、子供たちに「私はこれから又旅に出るので薬を飲むよう」と言って旅立つ。そして旅の途中に使いの者を出し、父親が旅先で死んだと告げさせた。父の死を聞かされた子供たちは深い悲しみの衝撃で本心を取り戻し、父親が残してくれた良薬を飲んで病を治すことができた。この譬えは末法においては、良医は仏(日蓮大聖人)で、病で苦しむ子供たちは謗法に侵された末法の衆生、良薬は妙法蓮華経(御本尊)を示している。

[原文] 

以有事縁 遠至余国 諸子於後 飲佗毒薬 薬発悶乱 宛転于地

是時其父 還来帰家 諸子飲毒 或失本心 或不失者

[和訳]

(良医の父は)縁が有るを以て、遠い外国に至る。後にその(良医の)諸の子は、誤って毒薬を飲むと、(毒)薬が発して悶乱し、地に宛転した

ちょうど是の時、其の父は遠方の国から帰宅する。飲毒を飲んだ諸の子は、或いは本心を失い、又在るものは本心を失わなかった。


謗法

誹謗正法(ひぼうしょうぼう)の略で正しい法を謗ること。


日蓮大聖人は【松野殿御返事(十四誹謗抄)】で誹謗について次のように説かれて弟子信徒を諌めておられます。

「悪の因に十四あり・一に憍慢(慢心)・二に懈怠(なまける)・三に計我(我見をもつ)・四に浅識(法の理解が浅い)・五に著欲・六に不解(法を理解しょうとしない)・七に不信・八に顰蹙(ひんしゅく)・九に疑惑・十に誹謗・十一に軽善・十二に憎善・十三に嫉善・十四に恨善なり」此の十四誹謗は在家出家に亘るべし恐る可し恐る可し」と。

尚、十一以降の軽善・憎善・嫉善・恨善は、日蓮大聖人の仏法を受持する者を、軽んじたり、憎んだり、嫉んだり、恨んだりすることの意。


下種

仏になる種を植える、また植えられる事で、末法においては日蓮大聖人の法門を人々に語ることでその人々は妙法蓮華経で仏と為る種を植えられることになる。
たとえそのことに対し受け入れず批判し地獄に落ちたとしても、毒鼓(どっく)の縁(逆縁)により、未来世で再び妙法蓮華経に縁し仏になるとされている。
日蓮大聖人は【法華初心成仏抄】で毒鼓の縁について次の様に解き明かされておられます。

『当世の人・何となくとも法華経に背く失に依りて地獄に堕ちん事疑いなき故に、とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁となつて仏になるべきなり』と。



【御義口伝 下】要点解説(8)に続く







by johsei1129 | 2018-09-24 19:01 | 御義口伝 | Comments(0)


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