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日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 08月 30日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(111)

【安楽行品五箇の大事】

第五 有人来欲難問者 諸天昼夜 常為法故 而衛護之の事(注)


御義口伝に云く、末法に於て法華を行ずる者をば諸天守護之有る可し、常為法故の法とは南無妙法蓮華経是なり。



(注)

有人来欲難問者 諸天昼夜 常為法故 而衛護


上記の文は安楽行品の次の文文に説かれている。


[原文]

有人来欲難問者 諸天昼夜 常為法故

而衛護之 能令聴者 皆得歓喜 所以者何

此経是一切 過去未来現在 諸仏神力 所護故

[和訳]

人ありて、来たって、難問せんと欲すれば、諸天(善神)は昼夜に、常に法の為の故に、而してこの者を衛護し、能く聴くかん者を、、皆、歓喜することを得さしめん。所以(ゆえん)は、如何。

此経(法華経)は、是れ一切の、過去未来現在(三世)の、諸仏の神力にて、護らるる所の故なり。


日蓮大聖人は「末法に於て法華を行ずる者をば諸天守護之有る可し」と断じられておられますが、流罪地の佐渡で書かれた【開目抄】で、師の二度目の流罪により南無妙法蓮華経への信仰に揺れ動く門下の弟子信徒達に、次の様に厳しく諭されておられます。


『我並びに我が弟子、諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ、現世の安穏ならざる事をなげかざれ。

 我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけん、つたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし。

 妻子を不便と・をもうゆへ現身にわかれん事を・なげくらん、多生曠劫に・したしみし妻子には心とはなれしか、仏道のために・はなれしか、いつも同じわかれなるべし。我、法華経の信心をやぶらずして霊山にまいりて返てみちびけかし』と。



【御義口伝 上】要点解説(112)に続く






by johsei1129 | 2018-08-30 16:42 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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