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日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 07月 22日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(102)

【勧持品十三箇の大事】


第八 悪世中比丘の事 (注)

御義口伝に云く、悪世中比丘の悪世とは末法なり。

 比丘とは、謗法たる弘法(注)等、是なり。

法華の正智を捨て権教の邪智を本とせり。


今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、正智の中の大正智なり。

(注)
悪世中比丘

末法の法華経の行者を迫害する三類の強敵「俗衆増上慢・道門増上慢・僭聖増上慢」の中の道門増上慢を意味する。

勧持品では「悪世の中の比丘は、邪智にして心諂曲に、末だ得ざるを為れ得たると謂い、我慢の心充満せん」と解き明かしている。


弘法

弘法大師(空海)。中国より真言密教をもたらした、日本の真言宗の開祖。


日蓮大聖人は立宗当初は、法然の念仏を人々を自殺に誘導する教えとして「念仏無間」と厳しく批判したが、佐渡流罪以降の後半生では、真言は亡国の教えであるとして、弘法大師が立宗した真言宗を徹底的に破折した。


日蓮大聖人は佐渡流罪中に「真言七重難」とする真言破折の書【真言見聞】を著されておられる。


[真言七重難]

 真言は法華経より外に大日如来の所説なり云云、若し爾れば大日の出世成道・説法利生は釈尊より前か後か如何、対機説法の仏は八相作仏す、父母は誰れぞ、名字は如何に、娑婆世界の仏と云はば世に二仏無く国に二主無きは聖教の通判なり、涅槃経の三十五の巻を見る可きなり、若し他土の仏なりと云はば何ぞ我が主師親の釈尊を蔑(ないがしろ)にして他方・疎縁の仏を崇むるや、不忠なり不孝なり逆路伽耶陀(ぎゃくろがやだ)なり、若し一体と云はば何ぞ別仏と云うや、若し別仏ならば何ぞ我が重恩の仏を捨つるや、唐尭(とうぎょう)は老い衰へたる母を敬ひ、虞舜(ぐしゅん)は頑(かたくな)なる父を崇む 是一


 六波羅蜜経に云く「所謂過去無量恒伽沙の諸仏世尊の所説の正法・我今亦当に是の如き説を作すべし所謂八万四千の諸の妙法蘊(おん)なり○而も阿難陀等の諸大弟子をして一たび耳に聞いて皆悉く憶持せしむ」云云、此の中の陀羅尼蔵を弘法我が真言と云える若し爾れば此の陀羅尼蔵は釈迦の説に非ざるか此の説に違す 是二


 凡そ法華経は無量千万億の已説・今説・当説に最も第一なり、諸仏の所説・菩薩の所説・声聞の所説に此の経第一なり諸仏の中に大日漏る可きや。法華経は正直無上道の説・大日等の諸仏長舌を梵天に付けて真実と示し給う。 是三


 威儀形色経に「身相黄金色にして常に満月輪に遊び定慧智拳の印法華経を証誠す」と、又五仏章の仏も法華経第一と見えたり 是四


「要を以て之を云わば如来の一切所有の法乃至皆此の経に於て宣示顕説す」云云、此等の経文は釈迦所説の諸経の中に第一なるのみに非ず三世の諸仏の所説の中に第一なり、此の外・一仏二仏の所説の経の中に法華経に勝れたる経有りと云はば用ゆ可からず、法華経は三世不壊の経なる故なり 是五


又大日経等の諸経の中に法華経に勝るる経文之無し 是六


 釈尊御入滅より已後天竺の論師二十四人の付法蔵・其の外大権の垂迹・震旦の人師・南三北七の十師・三論法相の先師の中に天台宗より外に十界互具・百界千如・一念三千と談ずる人之無し、若し一念三千を立てざれば性悪の義之無し、性悪の義無くば仏菩薩の普現色身・真言両界の漫荼羅・五百七百の諸尊は本無今有の外道の法に同ぜんか、若し十界互具・百界千如を立てば本経何れの経にか十界皆成の旨之を説けるや、天台円宗見聞の後・邪智荘厳の為に盗み取れる法門なり、才芸を誦し浮言を吐くには依る可からず正しき経文・金言を尋ぬ可きなり 是七



【御義口伝 上】要点解説(103)に続く




by johsei1129 | 2018-07-22 21:16 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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