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日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 06月 20日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(85)

【宝塔品二十箇の大事】


第十九 是諸天人 世間之眼の事(注)

御義口伝に云く、世間とは日本国なり、眼とは仏知見なり。
法華経は諸天世間の眼目なり、眼とは南無妙法蓮華経なり。是諸天人世間之眼、又云く是諸仏眼目云云。

此の眼をくじる者は禅・念仏・真言宗等なり、眼等とは目を閉づるなり。
今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは、諸天世間の眼に非ずや云云。


(注)
是諸天人 世間之眼の事
この文が説かれている宝塔品の最終の偈
[原文]
仏滅度後 能解其義 是諸天人 世間之眼

於恐畏世 能須臾説 一切天人 皆応供養
[和訳]
仏、滅度の後の世に、 能く其の義を解せば、是れ諸の天・人の世間の眼なり。

恐畏の世(末法)に於いて、能く須臾(少し)も説かば、一切の天・人は、皆、供養に応ぜん。
 
【御義口伝 上】要点解説(86)に続く





by johsei1129 | 2018-06-20 16:17 | 御義口伝 | Trackback | Comments(3)
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Commented at 2018-06-20 21:48 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by johsei1129 at 2018-06-21 14:46
此の眼をくじる者は禅・念仏・真言宗等なり、眼等とは目を閉づるなり。
↑上記は堀日亨上人が編纂した御書の御文となっております。
くじるとは古語でえぐると言う意味で、邪宗は衆生の目をえぐるので六根の重要な一つ、目の機能が閉じられるという趣旨になります。

それに対しご指摘の「眼目とは目聞なり」は当ブログの底本の御書ではありますが、「目聞なり」では今一つ意味が通じません。「閉」と「聞」は字が似ているのであくまで私個人の憶測ですが、御義口伝の古写本を精査する時に「閉」を「聞」と読み違えた可能性も否定しきれません。
本抄の意味そのものは「邪宗は衆生の目をえぐるので六根の重要な一つ、目の機能が閉じられる」が自然かと思われますので、ここでは堀日亨上人が編纂した御書のご文を採用させていただきます。
Commented at 2018-06-21 15:55 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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