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日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 06月 03日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(69)

【宝塔品二十箇の大事】


第三  四面皆出の事 (注)[四面皆出 多摩羅跋 栴檀之香 充遍世界]訳「四面に皆、多摩羅跋 栴檀の香を出して、世界に充満せり」


文句の八に云く、四面出香とは四諦(注)の道風、四徳(注)の香を吹くなりと。

 

 御義口伝に云く、四面とは生老病死なり。四相を以て我等が一身の塔を荘厳するなり。

 我等が生老病死に南無妙法蓮華経と唱え奉るは、併ら四徳の香を吹くなり。

 南無とは楽波羅蜜、妙法とは我波羅蜜、蓮華とは浄波羅蜜、経とは常波羅蜜なり。



(注)

四面皆出

地より湧出した宝塔の前後左右の四面から、芳しい香りが出て、娑婆世界がその香りで満たされた事を表現している。宝塔を荘厳した記述といえる。


 日蓮大聖人は宝塔について「阿仏房御書」で次のように解き明かしている。

「末法に入つて、法華経を持つ男女のすがたより外には、宝塔なきなり。

 若し然れば、貴賤上下をえらばず、南無妙法蓮華経ととなうるものは、我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり。

 妙法蓮華経より外に宝塔なきなり。法華経の題目宝塔なり、宝塔又南無妙法蓮華経なり。

かく信じ給いて南無妙法蓮華経と唱え給へ。ここさながら宝塔の住処なり。
経に云く「法華経を説くこと有らん処は我が此の宝塔其の前に涌現す」とはこれなり。あまりにありがたく候へば、宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ。
子にあらずんば・ゆづる事なかれ。信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ。出世の本懐とはこれなり。
阿仏房しかしながら北国の導師とも申しつべし。浄行菩薩うまれかわり給いてや、日蓮を御とふらい給うか。

 不思議なり不思議なり。此の御志をば日蓮はしらず、上行菩薩の御出現の力にまかせたてまつり候ぞ。別の故はあるべからずあるべからず。
宝塔をば夫婦ひそかにをがませ給へ。委くは又又申すべく候、恐恐謹言。

 三月十三日              日 蓮 花押

阿仏房上人所へ 』と。


四諦 (苦諦・集諦・滅諦・道諦) 釈尊の初期の教え。

生老病死・愛別離苦の四苦八苦には(原因)があり、それをする為の方法として(八正道)の実践を説いた。

八正道(はっしょうどう)の8つの実践徳目(正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定)

四徳

 四徳とは、常楽我浄 で、涅槃経で示されております。
常 - 仏の境涯は、常住で永遠に不変不滅である
楽 - 仏の境涯は、苦を厭離することなくそのままだ安楽な境涯である
我 - 仏の境涯は、自我を開いた如来我である
浄 - 仏の境涯は、煩悩が浄化された清浄な境涯である

日蓮大聖人は御義口伝で四徳を四菩薩に配して次のように説かれておられます。
『上行は我を表し、無辺行は常を表し、浄行は浄を表し、安立行は楽を表す。有る時には一人に此の四義を具す。二死の表に出づるを上行と名づけ、断常の際を踰ゆるを無辺行と称し、五住の垢累を超ゆる故に浄行と名づけ、道樹にして円(まど)らかなり故に安立行と曰うなり』と。

さらに【松野殿御返事】で次のように説かれておられます。

『但、在家の御身は余念もなく日夜朝夕、南無妙法蓮華経と唱え候て、最後臨終の時を見させ給へ。妙覚の山に走り登り四方を御覧ぜよ。

法界は寂光土にして瑠璃を以て地とし、金繩を以て八の道をさかひ、天より四種の花ふり虚空に音楽聞え。

 諸仏・菩薩は皆、常楽我浄の風にそよめき給へば、我れ等も必ず其の数に列ならん。法華経はかかる、いみじき御経にてをはしまいらせ候』と。



【御義口伝 上】要点解説(70)に続く





by johsei1129 | 2018-06-03 21:08 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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