日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 05月 19日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(59)

【法師品十五箇の大事】


第八 欲捨諸懈怠 応当聴此経の事
(諸の懈怠を捨てようと欲すれば、 応に此の経(法華経)を聴くべし)


  御義口伝に云く、諸の懈怠とは、四十余年の方便の経教(注)なり。

 悉く皆、懈怠の経なり。 此経とは題目なり(注)。

今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉るは、是れ即ち精進なり。

応当聴此経は是なり。応に、日蓮に此の経を聞くべしと云えり云云。


四十余年の方便の経教

釈迦は十九歳で、釈迦族の王宮を出て出家し、バラモンの難行苦行をへて、菩提樹の下で己心を内観し三十歳で成道した。その後、四十数年間、「八萬法蔵」と言われる諸経を説いたが、法華経の開教「無量義経」で、「四十余年未見真実と説いた後、霊鷲山で直弟子千二百人に妙法蓮華経を八年間、説き続けた。

つまり四十余年の方便の経教とは、法華経を説く以前の、小乗経(阿含経)、権大乗経(華厳経・阿弥陀経・般若経)等々を意味する。
【無量義経 説法品第二】※(四十余年未見真実が記されている偈)
『我先に菩提樹の下の道場に端坐すること六年にして、阿耨多羅三藐三菩提(仏の悟り)を成ずることを得たり。仏眼を以て一切の諸法を観ずるに、宣説すべからず。所以は何ん、諸の衆生の性欲、不同なることを知れり。性欲不同なれば種種に法を説かん。種種に法を説くこと方便力を以てす。(それ故)四十余年には未だ真実を顕さず

此経とは題目(南無妙法蓮華経)なり

日蓮大聖人は【上野殿御返事(法要書)】にて
今、末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし。但南無妙法蓮華経なるべし。かう申し出だして候も、わたくしの計にはあらず。釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌千界の御計なり。此の南無妙法蓮華経に余事をまじへば、ゆゆしきひが事なり。日出でぬれば、とほしび(灯)せんなし、雨のふるに露なにのせんかあるべき。嬰児に乳より外のものをやしな(養)うべきか。良薬に又薬を加えぬる事なしと断じておられます。

【御義口伝 上】要点解説(60)に続く





by johsei1129 | 2018-05-19 20:03 | 御義口伝 | Trackback | Comments(3)
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Commented at 2018-05-24 09:42 x
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Commented by johsei1129 at 2018-05-24 23:12
ご指摘頂き、誠にありがとうございます。
修正しましたのでご確認願います。
今後何か不明な点がございましたら、ご指摘いただければ大変助かります。
Commented at 2018-05-26 11:38 x
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