人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2018年 04月 25日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(50)  

【人記品二箇の大事】(注) 
 
 第一 学無学の事(注)
 
御義口伝に云く学とは無智なり。無学とは有智なり。

今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは、学無学の人に、如我等無異(注)の記を授くるに非ずや。

色法は無学なり、心法は学なり、又心法は無学なり、色法は学なり。

学無学の人とは日本国の一切衆生なり。智者愚者、をしなべて南無妙法蓮華経の記を説きて、而強毒之(注)するなり。

(注)
人記品
妙法蓮華経・授学無学人記品第九

学無学の事
学は、学ぶ必要がある人の意味で、無学は已に学び終わり、これ以上学ぶ必要がない人の意となります。

如我等無異(我が如く等しくして異なること無からしむ)

仏がこの世に出現した因縁、及び仏の慈悲を解き明かした此の偈は、妙法華経・方便品第二で次の様に説かれている。
[原文]
舎利弗当知 我本立誓願 欲令一切衆 如我等無異 
如我昔所願 今者已満足 化一切衆生 皆令入仏道
[和訳]
舎利弗よ、当に知るべし。我は本より、(次の)誓願を立て、一切の衆生をして、我が如く等しくして異なること無からしめんと欲した。
我が昔、願った所の如きは、今は已に満足し、一切衆生を化して、皆、仏道に入りしめたり。

日蓮大聖人は「日妙聖人御書」で此の文を次のように説いております。
『経に云く「如我等無異」等云云、法華経を心得る者は釈尊と斉等なりと申す文なり』と。

而強毒之(にごうどくし)
悪世末法での布教の原理。毒鼓の縁(どっくのえん)とも言う。
根拠の経典は『涅槃経』巻九の「たとえば人ありて、雑毒薬を以ってこれを用いて太鼓に塗り、大衆の中において、之を撃ちて声を発さしむるが如し。心に聞かんと欲すること無しといえども、之を聞けば皆死す。唯一人、不横死の者(仏)を除く。是の大乗大般涅槃経もまたまた是の如し。在々処々の諸行の衆中、声を聞く者あれば、あらゆる貪欲・瞋恚・愚癡を悉く滅尽する」とある。

日蓮大聖人は「曾谷入道殿許御書」で次のように説いております。
『今は既に末法に入って、(釈迦)の結縁の者は漸々ぜんぜんに衰微して、権実の二機、皆悉ことごとく尽きぬ。彼の不軽菩薩、末世に出現して毒鼓(どっく)を撃うたしむるの時なり』と。
また【法華初心成仏抄】では次のように説いております。
『当世の人、何となくとも法華経に背く失に依りて地獄に堕ちん事疑いなき故に、とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし。信ぜん人は仏になるべし、謗ぜん者は毒鼓の縁となつて仏になるべきなり。
 何にとしても仏の種は法華経より外になきなり、権教をもつて仏になる由だにあらば、なにしにか仏は強いて法華経を説いて、謗ずるも信ずるも利益あるべしと説き、我不愛身命とは仰せらるべきや、よくよく此等を、道心ましまさん人は御心得あるべきなり』と。





by johsei1129 | 2018-04-25 19:51 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/29745469
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 14. To the Nati...      末法の本仏の立場で法華経一部二... >>