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日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 03月 26日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(39)

【授記品四箇の大事】

第四 宿世因縁 吾今当説の事

 御義口伝に云く、宿世の因縁とは三千塵点の昔の事なり。下根の為に宿世の因縁を説かんと云う事なり。


因縁とは因は種なり、縁は昔に帰る義なり。もとづくと訓ぜり。

 大通結縁の下種にもとづくと云う事を因縁と云うなり。

 
今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは、過去の因にもとづきたり。

 爰を以て妙楽大師の云く「故に知んぬ。末代一時聞くことを得て聞き、已て信を生ず。事須く宿種なるべし」と。


宿とは大通の往時なり、種とは下種の南無妙法蓮華経なり。

此の下種にもとずくを因縁と云うなり。

本門の意は五百塵点(注)の下種にもとずくべきなり。真実妙法の因に縁くを成仏と云うなり。


五百塵点(五百塵点劫(ごひゃくじんてんごう)

釈尊は法華経の如来寿量品第16で、釈迦族の王宮を出て菩提樹下で成道したという「始成正覚」を打ち破り、無量無辺百千万億那由他劫という遥か久遠に成道し、百千万億那由他阿蘇祇という国(他の星)で衆生を導いてきたと説いた。

その遥か久遠の時間を、以下のように五百塵点劫という譬喩をもちいて弥勒菩薩に解き明かした。

「仮に人が、三千大千世界(宇宙)を、抹って微塵となし、東方五百千万億那由他阿僧祇の国を過ぎて、その微塵から一塵を下すとする。この様に全ての微塵が尽きるまで東に行くとする。

この一塵を下した国と下さなかった国を、さらに全て微塵となし、一塵を一劫(仏教的長遠の時間)とせん。
私は成仏して以来、この時間に過ぎたること百千万億那由阿蘇祇劫なり。

この五百塵点劫という概念はそのまま仏教の宇宙(三千大千世界)観を示しており、宇宙は無始無終で、仏国土(人が住む星)は三千大千世界に無数に存在することを解き明かしている。




【御義口伝 上】要点解説(40)に続く。




by johsei1129 | 2018-03-26 21:20 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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