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日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 01月 19日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(22)

【譬喩品九箇の大事】

第七 以譬喩得解の事 (注) 

止観
(注)の五に云く智とは譬に因るに斯の意徴し有りと。

 御義口伝に云く、此の文を以て鏡像円融の三諦の事を伝うるなり。惣じて鏡像の譬とは自浮自影の鏡の事なり。
此の鏡とは一心の鏡なり、惣じて鏡に付て重重の相伝之有り。
 所詮、鏡の能徳とは万像を浮ぶるを本とせり、妙法蓮華経の五字は万像を浮べて一法も残る物之無し。

 又云く、鏡に於て五鏡之れ有り、妙の鏡には法界の不思議を浮べ、法の鏡には法界の体を浮べ、蓮の鏡には法界の果を浮べ、華の鏡には法界の因を浮べ、経の鏡には万法の言語を浮べたり。
 又云く、妙の鏡には華厳を浮べ、法の鏡には阿含を浮べ、蓮の鏡には方等を浮べ、華の鏡には般若を浮べ、経の鏡には法華を浮ぶるなり。順逆次第して意得可きなり。

我等衆生の五体五輪、妙法蓮華経と浮び出でたる間宝塔品を以て鏡と習うなり。信謗の浮び様、能く能く之を案ず可し。自浮自影の鏡とは、南無妙法蓮華経是なり云云。


以譬喩得解
次の偈にある文
[原文]
然舎利弗 今当復以譬諭 更明此義 諸有智者 以譬諭得解
[和訳]
然し舎利弗よ、今、当に復た、譬喩を以て、更に此の義を明かにせり。諸の智有る者は、譬喩を以て解を得らん。


止観
(摩訶止観) 天台の説いた法華三部作(法華文句、法華玄義、摩訶止観)の最上位に位置し、法華経を体系化し一念三千の法門(一瞬の己心の生命を三千に分別した)を説いた。

日蓮大聖人は末法の本尊を解き明かした「観心本尊抄」の冒頭で、止観の一念三千を引用し次のように解き明かされておられます。

「夫れ一心に十法界を具す。一法界に又十法界を具すれば百法界なり。一界に三十種の世間を具すれば百法界に即三千種の世間を具す。此の三千、一念の心に在り。若し心無んば而已(やみなん)、介爾(けに)も心有れば即ち三千を具す。乃至所以に称して不可思議境と為す意此に在り」


華厳・阿含・方等・般若・法華

釈尊が一代で説いた経の次第。

日蓮大聖人はこの経の次第を「一代五時図」として図式化し、弟子信徒を教化した。

[一代五時図の御真筆(千葉県弘法寺所蔵)]


宝塔品  
妙法蓮華経 見宝塔品第十一の事。

この品では地から宝塔が涌出し、衆生は空中に存在する宝塔を仰ぎ見る。そしてその宝塔の最上部に釈迦仏と多宝如来が並ぶ、いわゆる「虚空会の儀式」が始まる。


日蓮大聖人はこの宝塔の意味を、佐渡流罪時に念仏を捨て大聖人に帰依した阿仏房から問われ、「末法に入つて法華経を持つ男女のすがたより外には宝塔なきなり」と「阿仏房御書」で説かれ、妙法蓮華経で仏界を湧現した衆生そのものが宝塔であると断じられている。



【御義口伝 上】要点解説(23)に続く




by johsei1129 | 2018-01-19 23:24 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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