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日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 01月 03日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(12)

【方便品八箇の大事】  

第五 比丘比丘尼 有懐増上慢、優婆塞我慢 優婆夷不信の事
 

 文句(注)の四に云く、上慢と我慢と不信と四衆(注)通じて有り、但し出家の二衆は多く道を修し、禅を得て謬(あやまつ)て聖果と謂い偏に上慢を起す。
在俗は矜高にして多く我慢を起す、女人は智浅くして多く邪僻を生ず、自ら其の過を見ずとは三失心(注)を覆う。
 疵(きず)を蔵くし徳を揚げて自ら省ること能わざるは是れ無慙(むざん)の人なり。若し自ら過を見れば、是れ有羞(うしゅう)の僧なり。

(注)の四に云く、疵を蔵くす等とは三失を釈するなり。疵を蔵くし徳を揚ぐは上慢を釈す、自ら省ること能わざるは我慢を釈す、無慙の人とは不信を釈す。
 若し自ら過を見るは、此の三失無し、未だ果を証せずと雖も且らく有羞と名く。

御義口伝に云く、此本末の釈の意は五千の上慢(注)なり、委くは本末を見る可きなり、比丘・比丘尼の二人は出家なり、共に増上慢と名く、疵を蔵くし徳を揚ぐるを以て本とせり、優婆塞は男なり我慢を以て本とせり、優婆夷は女人なり無慙を以て本とせり。
 
此の四衆は今日本国に盛んなり、経には其数有五千と有れども、日本国に四十九億九万四千八百廿八人と見えたり。在世には五千人、仏の座を立てり。
今、末法にては日本国の一切衆生、悉く日蓮が所座を立てり。比丘・比丘尼増上慢とは、道隆・良観(注)等に非ずや、又鎌倉中の比丘尼等に非ずや、優婆塞とは最明寺(注)、優婆夷とは上下の女人に非ずや。敢て我が過を知る可からざるなり。

 今、日蓮等の類いを誹謗して悪名を立つ、豈不自見其過の者に非ずや、大謗法の罪人なり、法華の御座を立つ事疑無き者なり。
然りと雖も、日蓮に値う事、是併ら、礼仏而退の義なり。此の礼仏而退は軽賤の義なり全く信解の礼退に非ざるなり、此等の衆は於戒有欠漏の者なり。

文句の四に云く「於戒有欠漏とは律義失有るをば欠と名け定共道共失有るをば漏と名く」と、此の五千の上慢とは我等所具の五住の煩悩なり。
 今法華経に値い奉る時、慢即法界と開きて礼仏而退するを、仏威徳故去と云うなり。 

仏とは我等所具の仏界なり、威徳とは南無妙法蓮華経なり、故去とは而去不去の意なり、普賢品の作礼而去之を思う可きなり。
 又云く五千の退座と云う事、法華の意は不退座なり、其の故は諸法実相略開三顕一の開悟なり。さて其の時は我慢増上慢とは、慢即法界と開きて本有の慢機なり。其数有五千とは我等が五住の煩悩なり、若し又五住の煩悩無しと云うは、法華の意を失いたり。五住の煩悩有り乍ら本有常住ぞと云う時其数有五千と説くなり。
 断惑に取り合わず其の儘本有妙法の五住と見れば不自見其過と云うなり。さて於戒有欠漏とは小乗権教の対治衆病の戒法にては無きなり、是名持戒の妙法なり故に、欠漏の当体其の儘、是名持戒の体なり。然るに欠漏を其の儘本有と談ずる故に、護惜其瑕疵とは説くなり。
 元より一乗の妙戒なれば、一塵含法界一念遍十方する故に是小智已出と云うなり。
糟糠とは塵塵法法・本覚の三身なり、故にすくなき福徳の当体も本覚無作の覚体なり。不堪受是法とは略開の諸法実相の法体を聞きて、其の儘開悟するなり。
 さて身子尊者、鈍根のために分別解説したまえと請う広開三の法門をば不堪受是法と説く。
さて法華の実義に帰りて見れば、妙法の法体は更に能受所受を忘るるなり、不思議の妙法なり。本法の重を悟りて見る故に此衆無枝葉と云うなり、かかる内証は純一実相、実相外更無別法なれば唯有諸貞実なり、所詮貞実とは色心を妙法と開く事なり。

 今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る処を、唯有諸貞実と説くなり。諸とは諸法実相の仏なり、諸は十界なり、貞実は十界の色心を妙法と云うなり。
今経に限る故に唯と云うなり、五千の上慢の外、全く法華経之れ無し。五千の慢人とは我等が五大なり、五大即妙法蓮華経なり。
 五千の上慢は元品の無明なり、故に礼仏而退なり、此れは九識八識六識と下る分なり、流転門の談道なり。
仏威徳故去とは還滅門なり、然らば威徳とは南無妙法蓮華経なり、本迷本悟の全体なり、能く能く之を案ず可し云云。


文句
天台大師の法華経の釈三部作(法華玄義、法華文句、摩訶止観)の一つ

記 
天台宗の第6祖・妙楽大師の著作 法華文句記(法華文句の解釈本)

四衆
比丘(男の出家僧)、比丘尼(女の出家僧)、優婆塞(男の俗信徒) 優婆夷(女の俗信徒)

三失心
上慢、我慢、不信、の三つ。上慢は増上慢とも言い、未だ得ざるを得たりと慢心すること。我慢は自分の考えだけにこだわり、仏の優れた説法を全く顧みない事。不信は、仏の説法を全く信じない事。

五千の上慢
釈尊は方便品で十如是まで説いた後「仮使満世間 皆如舎利弗 尽思共度量 不能測仏智(仮に世間が皆、舎利弗の如き者が満ちて、共に思い尽くして度量(はかる)とも、仏の智慧を測ること能わず)と語り、それ以上説法を続けようとしなかった。
 
 それに対し舎利弗は三度、釈尊に説法を請い、釈尊は度目にして「吾当為汝 分別解説(吾まさに汝の為に分別して解説せん)」と説法を始めようとすると、法華経の会座にいた上慢の五千の四衆は退坐する。しかし釈尊は「我が今、この衆には枝葉なく、純に貞実なる者のみあり」と舎利弗に告げ、五千の四衆を制止することはなかった。

尚、平成26年11月8日に会則を改定し「弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません」と宣言した創価学会は、まさに現代の「五千の上慢」と言えよう。


※参照ウキペディア 五千起去

 
道隆・良
道隆は禅寺・建長寺の開山、良観は律宗・極楽寺の開山で、北条時頼ら北条一門に強い影響力を持ち、日蓮大聖人を伊豆流罪に仕向けた。さらに北条時頼亡き後は、後家尼(時宗の母)に強い影響力を持ち、二人で結束して日蓮大聖を竜の口で処刑しようと策動した。

最明寺
日蓮大聖人が【立正安国論】を献上した北条時頼の法名(最明寺入道)。北条時頼は鎌倉幕府執権の後継者と予定していた息子の北条時宗が成人になるまで、執権職を義兄の北条長時に譲っていた。しかし鎌倉幕府の実権は最明寺入道が握っていたので、日蓮大聖人は形式ではなく、当時の実質的な国主として最明寺入道に立正安国論を献上している。その経緯を書き記したのが【故最明寺入道見参御書】となる。


【御義口伝 上】要点解説(13)に続く







by johsei1129 | 2018-01-03 20:56 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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