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日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 01月 25日

顕仏未来記 要点解説その一

顕仏未来記(けんぶつみらいき)は、日蓮大聖人が流罪地の佐渡にて著わされました。
内容は、末法の法華経流布を予見した釈尊の未来記と合わせ、末法の本仏としての未来記を解き明かされた書となります。
本書の概要は次の通りです。
■出筆時期:文永十年五月十一日(西暦1273年)、日蓮大聖人52歳御作。
■出筆場所:佐渡ヶ島 一谷(いちのさわ)入道の屋敷にて。
■出筆の経緯:本文中に「世の人疑い有らば委細の事は弟子に之を問え」とあります。本書を出筆された一年半ほど前に「開目抄」をしたため、自身が末法の本仏であることを詳細に認められており、さらに二か月前には『観心本尊抄」を著わされておられます。恐らく本書は、檀那(俗の信徒)にあて、より平易に自身が法華経に記されてる末法の本仏であることを示したものと考えられます。
■ご真:筆:身延山久遠寺 曽存(明治8年の大火で消失)

顕仏未来記 沙門 日蓮 之を勘う

顕仏未来記の題号は、日蓮大聖人が自ら名づけられました。大聖人は本抄冒頭で妙法蓮華経「薬王菩薩本事品 第二十三」の偈を引き「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」と示すとともに、釈迦在世ではなく、釈尊滅後の後の五百歳、つまり末法に生まれたことは喜びであると門下に示します。

法華経の第七に云く「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」等云云。
予一たびは歎いて云く、仏滅後既に二千二百二十余年を隔つ、何なる罪業に依つて仏の在世に生れず正法の四依・像法の中の天台・伝教等にも値わざるやと。亦一たびは喜んで云く何なる幸あつて後五百歳に生れて此の真文を拝見することぞや。在世も無益なり、前四味の人は未だ法華経を聞かず、正像も又由し無し、南三北七並びに華厳真言等の学者は法華経を信ぜず。
天台大師云く「後の五百歳遠く妙道に沾おわん」等云云。広宣流布の時を指すか。伝教大師云く「正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り」等云云。末法の始を願楽するの言なり、時代を以て果報を論ずれば竜樹・天親に超過し、天台・伝教にも勝るるなり」と。


妙法蓮華経  薬王菩薩本事品 第二十三
我滅度後。後五百歳中。広宣流布。於閻浮提。無令断絶。
悪魔魔民。諸天。龍。夜叉。鳩槃荼等。得其便也。
宿王華。汝当以神通之力。守護是経。
所以者何。此経則為。閻浮提人。病之良薬
[和訳]
我が滅度の後、後の五百歳の中に広宣流布して閻浮提に於いて断絶して、
悪魔、魔民、諸天、龍、夜叉、鳩槃荼等に其の便を得さしむること無けん。
宿王華(菩薩)よ、汝は当に神通之力を以て、是の経(法華経)を守護すべし。
所以(ゆえん)はいかん。此の経は則ち、閻浮提の人の、病の良薬、為ればなり。


顕仏未来記 要点解説その二に続く




by johsei1129 | 2017-01-25 22:53 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)


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