日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 01月 16日

教行証御書 要点解説その三

次に「状に云く、彼此の経経得益の数を挙ぐ等云云」との問いに対し大聖人は此の経(法華経)には二十の大事あり」、と断じ「五百塵点の顕本之有りや、三千塵点の結縁説法ありや、一念信解・五十展転の功徳何なる経文に説き給へるや<中略>二乗の成不成・竜畜・下賤の即身成仏、と法華経のみに説かれている法門を次々に示すと共に「よも天台大師程の明哲の弘法慈覚の如き無文無義の偽りは、おはし給はじ、と我等は覚え候」と日本における真言宗の開祖・弘法大師を一刀のもとに切り捨てます。

状に云く、彼此の経経得益の数を挙ぐ等云云是れ不足に候と先ず陳ぶべし。其の後汝等が宗宗の依経に三仏の証誠之有りや未だ聞かず、よも多宝分身は御来り候はじ。
此の仏は法華経に来り給いし間、一仏二言はやはか御坐候べきと。

次に六難九易何なる経の文に之有りや、若し仏滅後の人人の偽経は知らず、釈尊の実説五十年の説法の内には一字一句も有るべからず候なんど、立つ可し。五百塵点の顕本之有りや、三千塵点の結縁説法ありや、一念信解・五十展転の功徳何なる経文に説き給へるや。

彼の余経には一二三乃至十功徳すら之無し。五十展転まではよも説き給い候はじ、余経には一二の塵数を挙げず。何に況や五百三千をや。二乗の成不成・竜畜・下賤の即身成仏、今の経に限れり。
華厳・般若等の諸大乗経に之有りや、二乗作仏は始めて今経に在り
よも天台大師程の明哲の弘法慈覚の如き無文無義の偽りは、おはし給はじ、と我等は覚え候。
又悪人の提婆・天道国の成道・法華経に並びて何なる経にか之有りや、然りと雖も万の難を閣いて何なる経にか十法界の開会等、草木成仏之有りや。天台妙楽の無非中道・惑耳驚心の釈は慈覚智証の理同事勝の異見に之を類す可く候や。已に天台等は三国伝灯の人師・普賢開発の聖師・天真発明の権者なり。
豈経論になき事を偽り釈し給はんや、彼れ彼れの経経に何なる一大事か之有るや、
此の経(法華経)には二十の大事あり、就中五百塵点顕本の寿量に何なる事を説き給へるとか人人は思召し候」と。

また大聖人は三位房に対し「但し(法論は)公場ならば然るべし、私(的)に問註すべからず」と厳命します。

「我等が如き凡夫無始已来生死の苦底に沈輪して、仏道の彼岸を夢にも知らざりし衆生界を・無作本覚の三身と成し実に一念三千の極理を説くなんど・浅深を立つべし。
但し公場ならば然るべし、私に問註すべからず、慥に此の法門は汝等が如き者は人毎に座毎に日毎に談ずべくんば三世諸仏の御罰を蒙るべきなり。
日蓮己証なりと常に申せし是なり、大日経に之有りや、浄土三部経の成仏已来凡歴十劫之に類す可きや、なんど前後の文乱れず一一に会す可し。其の後又云うべし、諸人は推量も候へ是くの如くいみじき御経にて候へばこそ、多宝遠来して証誠を加え、分身来集して三仏の御舌を梵天に付け、不虚妄とは罵しらせ給いしか。

地涌千界出現して濁悪末代の当世に別付属の妙法蓮華経を一閻浮提の一切衆生に取り次ぎ給うべき仏の勅使なれば、八十万億の諸大菩薩をば「止(やみね)善男子」と嫌はせ給しか等云云。又彼の邪宗の者どもの習いとして、強に証文を尋ぬる事之有り。
涌出品並びに文句の九・記の九の前三後三の釈を出すべし、但日蓮が門家の大事之に如かず」と。


教行証御書 要点解説その四に続く


by johsei1129 | 2017-01-16 22:35 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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