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日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 01月 07日

種々御振舞御書 要点解説その一

本書は建治2年3月(1276)日蓮大聖人55歳の時、同郷の安房の国(千葉県南部)に住み、夫と子供をうしなった身でありながらも強信徒であった光日房にあてられた書となります。

日蓮大聖人は
本書の冒頭で、文永五年後の正月十八日、大蒙古国より日本国を襲うという国書が届き、大聖人が応元年に北条時頼に献じた「立正安国論」がすこしもたがわず符合した事を示し、この事は「仏の未来記にもをとらず末代の不思議なに事かこれにすぎん」と断じます。ところが実際は幕府から全く音沙汰がないため「其の年の末十月に十一通の状をかきて・かたがたへをどろかし」と当時の状況を示します。
続いて大聖人は、幕府から全く音沙汰がないのは「此れひとへに日本国の上下万人・一人もなく法華経の強敵となりて、としひさしくなりぬれば、大禍のつもり大鬼神の各各の身に入る上へ蒙古国の牒状に正念をぬかれてくるうなり」と、示します。
さらに鎌倉幕府は「いよいよ・ふびんにをぼへて名をもをしまず命をもすてて強盛に申しはりしかば<中略>いよいよ・あだをなし・ますますにくみて御評定に僉議あり、頚をはぬべきか、鎌倉ををわるべきか、弟子檀那等をば所領あらん者は所領を召して頚を切れ、或はろうにてせめ・あるいは遠流すべし等」と当時の幕府の対応を示すとともに、この事はもとより日蓮は望んでいたことだと明言し、次のよう甚甚の内相を解き明かします。

「日蓮悦んで云く本より存知の旨なり、雪山童子は半偈のために身をなげ常啼菩薩は身をうり善財童子は火に入り楽法梵士は皮をはぐ薬王菩薩は臂をやく不軽菩薩は杖木をかうむり師子尊者は頭をはねられ提婆菩薩は外道にころさる、此等はいかなりける時ぞやと勘うれば天台大師は「時に適うのみ」とかかれ章安大師は「取捨宜きを得て一向にすべからず」としるされ、法華経は一法なれども機にしたがひ時によりて其の行万差なるべし。
仏記して云く「我が滅後・正像二千年すぎて末法の始に此の法華経の肝心題目の五字計りを弘めんもの出来すべし、其の時悪王・悪比丘等・大地微塵より多くして或は大乗或は小乗等をもつて・きそはんほどに、此の題目の行者にせめられて在家の檀那等をかたらひて或はのり或はうち或はろうに入れ或は所領を召し或は流罪或は頚をはぬべし、などいふとも退転なく・ひろむるほどならば・あだをなすものは国主は・どし打ちをはじめ餓鬼のごとく身をくらひ後には他国よりせめらるべし。
これひとへに梵天・帝釈・日月・四天等の法華経の敵なる国を他国より責めさせ給うなるべし」ととかれて候ぞ」と。

さらに大聖人は門下の弟子信徒に次のように厳しく諭します。
「各各我が弟子となのらん人人は一人もをくしをもはるべからず。をやををもひ、めこををもひ、所領をかへりみること・なかれ。
無量劫より・このかた、をやこのため所領のために命すてたる事は大地微塵よりも・をほし。法華経のゆへには・いまだ一度もすてず、法華経をばそこばく行ぜしかども、かかる事出来せしかば退転してやみにき。
譬えばゆをわかして水に入れ火を切るにとげざるがごとし。、各各思い切り給へ此の身を法華経にかうるは石に金をかへ糞に米をかうるなり
」と。


種々御振舞御書 要点解説その二に続く





by johsei1129 | 2017-01-07 21:08 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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