日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 12月 17日

諌暁八幡抄 要点解説その二

次に日蓮大聖人は「然るに月氏より漢土に経を渡せる訳人は一百八十七人なり其の中に羅什三蔵一人を除きて前後の一百八十六人は純乳に水を加へ薬に毒を入たる人人なり」をと説き、妙法蓮華経を漢訳した羅什三蔵を称えると共に、羅什三蔵以外の一百八十六人の役僧は「純乳に水を加へ薬に毒を入たる人人なり」と断じます。
さらにそのことを予見した釈尊の涅槃経の偈を根拠として示します。

「譬ば旧医の薬に毒を雑へて・さしをけるを旧医の弟子等、或は盗み取り、或は自然に取りて人の病を治せんが如し、いかでか安穏なるべき。
当世日本国の真言等の七宗並に浄土・禅宗等の諸学者等、弘法・慈覚・智証等の、法華経最第一の醍醐に法華第二・第三等の私の水を入れたるを知らず、仏説の如くならば・いかでか一切倶失の大科を脱れん。
大日経は法華経より劣る事七重なり、而るを弘法等・顛倒して大日経最第一と定めて日本国に弘通せるは法華経一分の乳に大日経七分の水を入れたるなり。水にも非ず乳にも非ず、大日経にも非ず法華経にも非ず、而も法華経に似て大日経に似たり。

大覚世尊此の事を涅槃経に記して云く「我が滅後に於て正法将に滅尽せんと欲す爾の時に多く悪を行ずる比丘有らん、乃至牧牛女の如く乳を売るに多利を貪らんと欲するを為ての故に二分の水を加う、乃至此の乳水多し、爾の時に是の経閻浮提に於て当に広く流布すべし。是の時に当に諸の悪比丘有て是の経を鈔略し分て多分と作し、能く正法の色香美味を滅すべし。

是の諸の悪人復是くの如き経典を読誦すと雖も如来の深密の要義を滅除せん。乃至前を鈔て後に著け、後を鈔て前に著け、前後を中に著け、中を前後に著けん。
当に知るべし是くの如きの諸の悪比丘は是れ魔の伴侶なり」と。

次に日蓮大聖人は、日本で法華経第一と説いた伝教大師だったが、第三の座主・円仁慈覚大師以降は大日経第一、法華経第二の座主になりさがったことを示します。

法華経第四に云く「我が滅度の後に能く竊に一人の為にも法華経を説かん、当に知るべし是の人は則ち如来の使なり乃至如来則ち衣を以て之れを覆い給うべし」等云云、当来の弥勒仏は法華経を説き給うべきゆへに釈迦仏は大迦葉尊者を御使として衣を送り給ふ。

又伝教大師は仏の御使として法華経を説き給うゆへに八幡大菩薩を使として衣を送り給うか、又此の大菩薩は伝教大師已前には加水の法華経を服してをはしましけれども、先生の善根に依つて大王と生れ給いぬ。其の善根の余慶・神と顕れて此の国を守護し給いけるほどに、今は先生の福の余慶も尽きぬ。正法の味も失せぬ謗法の者等・国中に充満して年久しけれども、日本国の衆生に久く仰がれてなじみせし大科あれども捨てがたく・をぼしめし、老人の不幸の子を捨てざるが如くして天のせめに合い給いぬるか。

又此の袈裟は法華経最第一と説かん人こそ・かけまいらせ給うべきに伝教大師の後は第一の座主義真和尚・法華最第一の人なれば・かけさせ給う事其の謂あり。第二の座主・円澄大師は伝教大師の御弟子なれども又弘法大師の弟子なり・すこし謗法ににたり、此の袈裟の人には有らず、第三の座主・円仁慈覚大師は名は伝教大師の御弟子なれども心は弘法大師の弟子・大日経第一・法華経第二の人なり。
此の袈裟は一向にかけがたし、設いかけたりとも法華経の行者にはあらず、其の上又当世の天台座主は一向真言の座主なり。又当世の八幡の別当は或は園城寺の長吏或は東寺の末流なり、此れ等は遠くは釈迦・多宝・十方の諸仏の大怨敵・近くは伝教大師の讐敵なり。
譬へば提婆達多が大覚世尊の御袈裟をかけたるがごとし、又猟師が仏衣を被て師子の皮をはぎしがごとし、当世叡山の座主は伝教大師の八幡大菩薩より給て候し御袈裟をかけて法華経の所領を奪ひ取りて真言の領となせり、譬へば阿闍世王の提婆達多を師とせしがごとし」と。


諌暁八幡抄 要点解説その三に続く







by johsei1129 | 2016-12-17 17:40 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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