日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 12月 15日

諫暁八幡抄 要点解説その一

諫暁八幡抄は弘安三年十二月、身延の草庵にて述作されました。
日蓮大聖人は本抄で、ご自身滅後の「妙法蓮華経」の弘通を、門下の弟子檀那に託されております。
尚、御真筆は富士大石寺に所蔵されております。
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[ご真筆 第四十一紙:富士大石寺所蔵]

日蓮大聖人は本抄の冒頭で、「馬が成長すにつれて体の大きさに脚がついていけず、多くの病が出来して人の役に立たなくなる事に譬え、仏法も釈迦滅後より長い時が過ぎると、諸天の果報ね衰減し下劣の衆生が出来し、七難が出現すれば、一切衆生始めて苦と楽とを思い知る」と示すとともに、その時に「仏出現し給いて仏教と申す薬を、天と人と神とにあたへ・・・」と、解き明かします。
『夫れ馬は一歳二歳の時は設いつがいのびまろすねにすねほそくうでのびて候へども病あるべしとも見えず、而れども七八歳なんどになりて身もこへ血ふとく上かち下をくれ候へば小船に大石をつめるがごとく、小き木に大なる菓のなれるがごとく、多くのやまい出来して人の用にもあわず力もよわく寿もみじかし。

天神等も又かくのごとし成劫の始には先生の果報いみじき衆生生れ来る上、人の悪も候はねば身の光もあざやかに心もいさぎよく日月のごとくあざやかに師子象のいさみをなして候いし程に、成劫やうやくすぎて住劫になるままに前の天神等は年かさなりて下旬の月のごとし。今生れ来れる天神は果報衰減し下劣の衆生多分は出来す。
然る間一天に三災やうやくをこり四海に七難粗出現せしかば一切衆生始めて苦と楽とををもい知る。

此の時仏出現し給いて仏教と申す薬を天と人と神とにあたへ給いしかば、燈に油をそへ老人に杖をあたへたるがごとく天神等還つて威光をまし勢力を増長せし事成劫のごとし。
仏教に又五味のあぢわひ分れたり在世の衆生は成劫ほどこそなかりしかども、果報いたうをとろへぬ衆生なれば五味の中に何の味をもなめて威光勢力をもまし候き。

仏滅度の後正像二千年過て末法になりぬれば本の天も神も阿修羅・大竜等も年もかさなりて身もつかれ心もよはくなり又今生れ来る天人・修羅等は或は小果報或は悪天人等なり。小乗・権大乗等の乳・酪・生蘇・熟蘇味を服すれども老人にそ食をあたへ高人に麦飯等を奉るがごとし』


諌暁八幡抄 要点解説その二に続く







by johsei1129 | 2016-12-15 23:26 | 重要法門(十大部除く) | Comments(0)


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