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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 12月 13日

当体義抄 要点解説その二

次に「問う、一切衆生皆悉く妙法蓮華経の当体ならば我等が如き愚癡闇鈍の凡夫も即ち妙法の当体なりや」と質し「妙法蓮華経の当体」を解き明かしていきます。

「答う、当世の諸人之れ多しと雖も二人を出でず。謂ゆる権教の人、実教の人なり。而も権教方便の念仏等を信ずる人は妙法蓮華の当体と云わる可からず、実教の法華経を信ずる人は即ち当体の蓮華・真如の妙体是なり。
涅槃経に云く「一切衆生大乗を信ずる故に大乗の衆生と名く」文。南岳大師の四安楽行に云く「大強精進経に云く、衆生と如来と同共一法身にして清浄妙無比なるを妙法華経と称す」文、又云く「法華経を修行するは此の一心一学に衆果普く備わる。一時に具足して次第入に非ず、亦蓮華の一華に衆果を一時に具足するが如し。是を一乗の衆生の義と名く」文。又云く「二乗声聞及び鈍根の菩薩は方便道の中の次第修学なり。利根の菩薩は正直に方便を捨て次第行を修せず、若し法華三昧を証すれば衆果悉く具足す、是を一乗の衆生と名く」文。
<中略>
此等の文の意を案ずるに、三乗・五乗・七方便・九法界・四味三教・一切の凡聖等をば、大乗の衆生妙法蓮華の当体とは名く可からざるなり。
設い仏なりと雖も権教の仏をば仏界の名言を付く可からず、権教の三身は未だ無常を免れざる故に。何に況や其の余の界界の名言をや、故に正・像二千年の国王・大臣よりも末法の非人は尊貴なりと釈するも此の意なり。

そして日蓮大聖人は所詮妙法蓮華の当体とは法華経を信ずる日蓮が弟子檀那等の父母所生の肉身是なり」と断じ、「敢て之を疑う可からず之を疑う可からず」と、最蓮房を諭し、究極の極説を説かれます。
所詮妙法蓮華の当体とは法華経を信ずる日蓮が弟子檀那等の父母所生の肉身是なり。
正直に方便を捨て但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は煩悩業・苦の三道・法身・般若・解脱の三徳と転じて三観・三諦・即一心に顕われ、其の人の所住の処は常寂光土なり
能居所居・身土・色心・倶体倶用・無作三身の本門寿量の当体蓮華の仏とは日蓮が弟子檀那等の中の事なり、是れ即ち法華の当体・自在神力の顕わす所の功能なり。敢て之を疑う可からず之を疑う可からず。

南岳釈して云く「一切衆生・法身の蔵を具足して仏と一にして異り有ること無し」、是の故に法華経に云く「父母所生清浄常眼耳鼻舌身意亦復如是」文、と。又云く「問うて云く仏、何れの経の中に眼等の諸根を説いて名けて如来と為や、答えて云く大強精進経の中に衆生と如来と同じく共に一法身にして清浄妙無比なるを妙法蓮華経と称す」文、他経に有りと雖も下文顕れ已れば通じて引用することを得るなり。

日蓮大聖人は次に「問う劫初より已来何人か当体の蓮華を証得せしや」と質し、「当体の蓮華を証得」せし仏を明らかにしていきます。
答う、釈尊五百塵点劫の当初、此の妙法の当体蓮華を証得して世世番番に成道を唱え、能証所証の本理を顕し給えり。今日(釈迦在世)又・中天竺摩訶陀国に出世して此の蓮華を顕わさんと欲すに、機無く時無し、故に一法の蓮華に於て三の草華を分別し三乗の権法を施し、擬宜誘引せしこと四十余年なり。此の間は衆生の根性万差なれば種種の草華を施し、設けて終に妙法蓮華を施したまわざる故に、無量義経に云く「我先に道場菩提樹下乃至四十余年未だ真実を顕さず」文。
法華経に至つて四味三教の方便の権教・小乗・種種の草華を捨てて唯一の妙法蓮華を説き、三の華草を開して一の妙法蓮華を顕す時、四味・三教の権人に初住の蓮華を授けしより始めて開近顕遠の蓮華に至つて、二住・三住乃至十住・等覚・妙覚の極果の蓮華を得るなり。

続いて「当体蓮華」を説いてる法華経の「偈」を正します。
 
「問う法華経は何れの品何れの文にか正しく当体譬喩の蓮華を説き分けたるや、答う若し三周の声聞に約して之を論ぜば、方便の一品は皆是当体蓮華を説けるなり。譬喩品・化城喩品には譬喩蓮華を説きしなり、但方便品にも譬喩蓮華無きに非ず、余品にも当体蓮華無きに非ざるなり。

問う、若し爾らば正く当体蓮華を説きし文は何れぞや、答う方便品の諸法実相の文是なり。問う何を以て此の文が当体蓮華なりと云う事を知ることを得るや、答う天台妙楽今の文を引て今経の体を釈せし故なり、又伝教大師釈して云く「問う法華経は何を以て体と為すや、答う諸法実相を以て体と為す」文。此の釈分明なり当世の学者此の釈を秘して名を顕さず。然るに此の文の名を妙法蓮華と曰う義なり。

又現証は宝塔品の三身是れ現証なり、或は涌出の菩薩・竜女の即身成仏是なり。地涌の菩薩を現証と為す事は経文に如蓮華在水と云う故なり。菩薩の当体と聞たり竜女を証拠と為す事は霊鷲山に詣で千葉の蓮華の大いさ車輪の如くなるに坐しと説きたまう故なり。又妙音・観音の三十三・四身なり。是をば解釈には法華三昧の不思議・自在の業を証得するに非ざるよりは安ぞ能く此の三十三身を現ぜんと云云。或は「世間相常住」文、此等は皆当世の学者の勘文なり。
然りと雖も日蓮は方便品の文と神力品の如来一切所有之法等の文となり。此の文をば天台大師も之を引いて今経の五重玄を釈せしなり、殊更此の一文正しき証文なり」と。


当体義抄 要点解説その三に続く







by johsei1129 | 2016-12-13 18:56 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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