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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 12月 09日

本尊問答抄 要点解説その二

次に日蓮大聖人は蒙古の再度の来襲が不可避の状況下で、亡国の最大の要因となる「真言」の破折を論じていきます。
問う今日本国中の天台・真言等の諸僧並びに王臣・万民疑つて云く、日蓮法師めは弘法・慈覚・智証大師等に勝るべきか如何。答う日蓮反詰して云く、弘法・慈覚・智証大師等は釈迦・多宝・十方の諸仏に勝るべきか是一。
今日本の国王より民までも教主釈尊の御子なり。釈尊の最後の御遺言に云く「法に依つて人に依らざれ」等云云。法華最第一と申すは法に依るなり、然るに三大師等に勝るべしやとの給ふ、最も其の下に在り。又読み給う様に云く、薬王今汝に告ぐ、我が所説の諸経あり而も此の経の中に於て法華最第三云云、又慈覚智証大師の読み給う様に云く諸経の中に於て最も其の中に在り又最為第二等云云。
釈迦如来・多宝仏・大日如来・一切の諸仏・法華経を一切経に相対して説いての給はく、法華最第一、又説いて云く法華最も其の上に在り云云。
所詮釈迦十方の諸仏と慈覚・弘法等の三大師といづれを本とすべきや、但し事を日蓮によせて釈迦・十方の諸仏には永く背きて三大師を本とすべきか如何。、文武の御宇に新羅国の智鳳・法相宗をわたす、第四十四代元正天皇の御宇に善無畏三蔵・大日経をわたす、然而弘まらず、聖武の御宇に審祥大徳・朗弁僧正等・華厳宗をわたす、人王四十六代・孝謙天皇の御宇に唐代の鑒真和尚・律宗と法華経をわたす、律をばひろめ法華をば弘めず。

第五十代桓武天皇の御宇に延暦二十三年七月・伝教大師勅宣を給いて漢土に渡り妙楽大師の御弟子・道邃・行満に値い奉りて法華宗の定慧を伝え、道宣律師に菩薩戒を伝え順暁和尚と申せし人に真言の秘教を習い伝えて日本国に帰り給いて、真言・法華の勝劣は漢土の師のおしへに依りては定め難しと思食しければ、ここにして大日経と法華経と彼の釈と此の釈とを引き並べて勝劣を判じ給いしに、大日経は法華経に劣りたるのみならず、大日経の疏は天台の心をとりて我が宗に入れたりけりと勘え給へり。
 其の後・弘法大師・真言経を下されける事を遺恨とや思食しけむ、真言宗を立てんとたばかりて法華経は大日経に劣るのみならず華厳経に劣れりと云云。

あはれ慈覚・智証・叡山・園城にこの義をゆるさずば弘法大師の僻見は日本国にひろまらざらまし、彼の両大師・華厳・法華の勝劣をばゆるさねど法華・真言の勝劣をば永く弘法大師に同心せしかば、存外に本の伝教大師の大怨敵となる。其の後日本国の諸碩徳等各智慧高く有るなれども彼の三大師にこえざれば今四百余年の間、日本一同に真言は法華経に勝れけりと定め畢んぬ。たまたま天台宗を習へる人人も真言は法華に及ばざるの由存ぜども、天台の座主御室等の高貴におそれて申す事なし。あるは又其の義をもわきまへぬかのゆへにからくして同の義をいへば、一向真言師はさる事おもひもよらずとわらふなり。

 然らば日本国中に数十万の寺社あり皆真言宗なり。たまたま法華宗を並ぶとも真言は主の如く法華は所従の如くなり、若しくは兼学の人も心中は一同に真言なり。座主・長吏・検校・別当・一向に真言たるうへ上に好むところ下皆したがふ事なれば、一人ももれず真言師なり。
されば日本国・或は口には法華経最第一とはよめども心は最第二・最第三なり、或は身口意共に最第二三なり。
三業相応して最第一と読める法華経の行者は四百余年が間一人もなし。まして能持此経の行者はあるべしともおぼへず、如来現在・猶多怨嫉・況滅度後の衆生は上一人より下万民にいたるまで法華経の大怨敵なり。


本尊問答抄 要点解説その三に続く





by johsei1129 | 2016-12-09 17:50 | 御書十大部(五大部除く) | Trackback | Comments(0)


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