日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2016年 11月 26日

選時抄 要点解説その四

次に日蓮大聖人は「仏教では、機に随つて法を説くと申すは大なる僻見なり」と質(ただ)します。

像法の末に伝教大師・日本に出現して、天台大師の円慧・円定の二法を我が朝に弘通せしむるのみならず、円頓の大戒場を叡山に建立して日本一州皆同じく円戒の地になして、上一人より下万民まで延暦寺を師範と仰がせ給う。豈に像法の時法華経の広宣流布にあらずや。

答えて云く如来の教法は必ず機に随うという事は世間の学者の存知なり。しかれども仏教はしからず、上根上智の人のために必ず大法を説くならば、初成道の時なんぞ法華経をとき給はざる。正法の先五百年に大乗経を弘通すべし。有縁の人に大法を説かせ給うならば浄飯大王・摩耶夫人(注)に観仏三昧経・摩耶経をとくべからず。無縁の悪人謗法の者に秘法をあたえずば覚徳比丘は無量の破戒の者に涅槃経をさづくべからず。不軽菩薩は誹謗の四衆に向つていかに法華経をば弘通せさせ給いしぞ。されば機に随つて法を説くと申すは大なる僻見なり。

次に日蓮大聖人は今末法は法華経を流布する「時」であり、自身が法華経の行者であることを詳細に説かれます。

吉凶につけて瑞大なれば難多かるべきことわりにて、仏滅後・二千二百三十余年が間いまだいでざる大長星いまだふらざる大地しん出来せり。

漢土・日本に智慧すぐれ才能いみじき聖人は度度ありしかども、いまだ日蓮ほど法華経のかたうどして国土に強敵多くまうけたる者なきなり。まづ眼前の事をもつて日蓮は閻浮提第一の者としるべし。

仏法日本にわたて七百余年・一切経は五千七千・宗は八宗十宗・智人は稲麻のごとし弘通は竹葦ににたり、しかれども仏には阿弥陀仏・諸仏の名号には弥陀の名号ほどひろまりてをはするは候はず、此の名号を弘通する人は慧心は往生要集をつくる日本国・三分が一は一同の弥陀念仏者・永観は十因と往生講の式をつくる扶桑三分が二分は一同の念仏者・法然せんちやくをつくる本朝一同の念仏者。而れば今の弥陀の名号を唱うる人人は一人が弟子にはあらず。

此の念仏と申すは雙観経・観経・阿弥陀経の題名なり権大乗経の題目の広宣流布するは実大乗経の題目の流布せんずる序にあらずや、心あらん人は此れをすひしぬべし。権経流布せば実経流布すべし権経の題目流布せば実経の題目も又流布すべし、欽明より当帝にいたるまで七百余年いまだきかずいまだ見ず南無妙法蓮華経と唱えよと他人をすすめ我と唱えたる智人なし、日出でぬれば星かくる賢王来れば愚王ほろぶ実経流布せば権経のとどまり智人・南無妙法蓮華経と唱えば愚人の此れに随はんこと影と身と声と響とのごとくならん。
日蓮は日本第一の法華経の行者なる事あえて疑ひなし、これをもつてすいせよ漢土月支にも一閻浮提の内にも肩をならぶる者は有るべからず。

 問うて云く正嘉の大地しん文永の大彗星はいかなる事によつて出来せるや。
答えて云く天台云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云。問て云く心いかん、答えて云く上行菩薩の大地より出現し給いたりしをば弥勒菩薩・文殊師利菩薩・観世音菩薩・薬王菩薩等の四十一品の無明を断ぜし人人も元品の無明を断ぜざれば愚人といはれて寿量品の南無妙法蓮華経の末法に流布せんずるゆへに、此の菩薩を召し出されたるとはしらざりしという事なり。

問うて云く日本漢土月支の中に此の事を知る人あるべしや、答えて云く見思を断尽し四十一品の無明を尽せる大菩薩だにも此の事をしらせ給はずいかにいわうや一毫の惑をも断ぜぬ者どもの此の事を知るべきか。
問うて云く智人なくばいかでか此れを対治すべき例せば病の所起を知らぬ人の病人を治すれば人必ず死す、此の災の根源を知らぬ人人がいのりをなさば国まさに亡びん事疑いなきか、あらあさましやあらあさましや。

答えて云く蛇は七日が内の大雨をしり烏は年中の吉凶をしる此れ則ち大竜の所従又久学のゆへか。日蓮は凡夫なり、此の事をしるべからずといえども汝等にほぼこれをさとさん、彼の周の平王の時・禿にして裸なる者出現せしを辛有といゐし者うらなつて云く百年が内に世ほろびん。同じき幽王の時山川くづれ大地ふるひき白陽と云う者勘えていはく十二年の内に大王事に値せ給うべし、今の大地震・大長星等は国王・日蓮をにくみて亡国の法たる禅宗と念仏者と真言師をかたふどせらるれば天いからせ給いていださせ給うところの災難なり。
<中略>
「外典に曰く未萠をしるを聖人という。内典に云く三世を知るを聖人という。
余に三度のかうみようあり。一には去し文応元年太歳庚申七月十六日に立正安国論を最明寺殿に奏したてまつりし時宿谷の入道に向つて云く、禅宗と念仏宗とを失い給うべしと申させ給へ此の事を御用いなきならば此の一門より事をこりて他国にせめられさせ給うべし。

二には去し文永八年九月十二日申の時に平左衛門尉に向つて云く日蓮は日本国の棟梁なり予を失なうは日本国の柱橦を倒すなり、只今に自界反逆難とてどしうちして他国侵逼難とて此の国の人人・他国に打ち殺さるのみならず多くいけどりにせらるべし、建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏・長楽寺等の一切の念仏者・禅僧等が寺塔をばやきはらいて彼等が頚をゆひのはまにて切らずば日本国必ずほろぶべしと申し候了ぬ。

第三には去年文永十一年四月八日左衛門尉に語つて云く、王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず念仏の無間獄・禅の天魔の所為なる事は疑いなし、殊に真言宗が此の国土の大なるわざはひにては候なり大蒙古を調伏せん事・真言師には仰せ付けらるべからず若し大事を真言師・調伏するならばいよいよいそいで此の国ほろぶべしと申せしかば、頼綱問うて云くいつごろよせ候べき。予言く経文にはいつとはみへ候はねども天の御気色いかりすくなからず・きうに見へて候よも今年はすごし候はじと語りたりき。

此の三つの大事は日蓮が申したるにはあらず只偏に釈迦如来の御神・我身に入りかわせ給いけるにや、我が身ながらも悦び身にあまる。法華経の一念三千と申す大事の法門はこれなり。
経に云く所謂諸法如是相と申すは何事ぞ、十如是の始の相如是が第一の大事にて候へば仏は世にいでさせ給う。智人は起をしる蛇みづから蛇をしるとはこれなり、衆流あつまりて大海となる微塵つもりて須弥山となれり。日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一たい・一微塵のごとし、法華経を二人・三人・十人・百千万億人・唱え伝うるほどならば妙覚の須弥山ともなり大涅槃の大海ともなるべし仏になる道は此れよりほかに又もとむる事なかれ」と。

注 浄飯大王・摩耶夫人:釈尊の実の父母。摩耶夫人は釈尊(ゴータマ・シッダッタ)を生んだ後七日で亡くなり、妹の摩訶波闍波提(まか・はじゃはだい)が養母となってシッダッタを育てた。
摩訶波闍波提は仏教史上最初の比丘尼となり、妙法蓮華経 勧持品第十三で釈尊から、未来世で「一切衆生喜見(きけん)如来」となるとの記別を受けた。


選時抄 要点解説その五に続く








by johsei1129 | 2016-11-26 21:57 | 撰時抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/27062965
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< Gosho 治病大小権実違目 ...      Gosho 三沢抄 Lette... >>