日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 11月 20日

観心本尊抄 要点解説 その八

日蓮大聖人は、衆生に仏界が備わっていることを解き明かすと、次に「此れより堅固に之を秘す」として、いよいよ仏界とは『妙法連義経』であると言う核心に迫っていきます。

『 問うて曰く教主釈尊は此れより堅固に之を秘す三惑已断の仏なり、又十方世界の国主・一切の菩薩・二乗・人天等の主君なり。行の時は梵天左に在り、帝釈右に侍べり、四衆八部後に聳い、金剛前に導びき、八万法蔵を演説して一切衆生を得脱せしむ。是くの如き仏陀、何を以て我等凡夫の己心に住せしめんや』
  (中略)
『普賢経に云く「此の大乗経典(法華経)は諸仏の宝蔵十方三世の諸仏の眼目なり。乃至三世の諸の如来を出生する種なり。乃至汝大乗を行じて仏種を断ぜざれ」等云云。
又云く「此の方等経(法華経)は是れ諸仏の眼なり諸仏是に因つて五眼を具することを得・仏の三種の身は方等従り生ず是れ大法印にして涅槃海に印す、此くの如き海中能く三種の仏の清浄身を生ず。此の三種の身は人天の福田なり」等云云。
 (中略)
然りと雖も詮ずる所は一念三千の仏種に非ずんば有情の成仏・木画二像の本尊は有名無実なり。
(中略)
私に会通を加えば本文を黷が如し。爾りと雖も文の心は、
釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う。
四大声聞の領解に云く「無上宝聚・不求自得」云云。我等が己心の声聞界なり。
「我が如く等くして異なる事無し。我が昔の所願の如き今は已に満足しぬ、一切衆生を化して皆仏道に入らしむ」。

『妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄に非ずや。宝塔品に云く「其れ能く此の経法を護る事有らん者は、則ち為れ我及び多宝を供養するなり。乃至亦復諸の来り給える化仏の諸の世界を荘厳し光飾し給う者を供養するなり」等云云。
釈迦・多宝・十方の諸仏は我が仏界なり其の跡を継紹して其の功徳を受得す。「須臾も之を聞く・即阿耨多羅三藐三菩提を究竟するを得」とは是なり。寿量品に云く「然るに我実に成仏してより已来・無量無辺百千万億那由佗劫なり」等云云。
我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所顕の三身にして無始の古仏なり。経(如来寿量品)に云く「我本菩薩の道を行じて・成ぜし所の寿命・今猶未だ尽きず・復上の数に倍せり」等云云。我等が己心の菩薩等なり、地涌千界の菩薩は己心の釈尊の眷属なり』

[妙法蓮華経妙 如来寿量品第十六]

諸善男子。我本行菩薩道。所成寿命。
今猶未尽。復倍上数。然今非実滅度。
而便唱言。当取滅度。如来以是方便。教化衆生。
[和訳]

諸の善男子よ。我、本より菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命は、
今も猶、未だ尽きず、復た上の数に倍せり。然して今、実に滅度するに非ずとも、
而して、便ち「当に滅度を取る」と唱えて言う。如来はこの方便を以て、衆生を教化せり。


観心本尊要点解説 その九に続く




by johsei1129 | 2016-11-20 21:28 | 観心本尊抄(御書五大部) | Comments(0)


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