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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 11月 18日

観心本尊抄 要点解説 その六

日蓮大聖人は「観門の難信難解は百界千如一念三千にして、非情の上の色心の二法十如是是なり」と質した後、本尊を縁として衆生の己心の仏界を開く原理を解き明かすために「十界互具」について論を展開します。

『問うて曰く出処既に之を聞く観心の心如何。答えて曰く観心とは我が己心を観じて十法界を見る是を観心と云うなり。譬えば他人の六根(※眼,耳,鼻,舌, 身,意の感応力)を見ると雖も、未だ自面の六根を見ざれば自具の六根を知らず、明鏡に向うの時始めて自具の六根を見るが如し。
設い諸経の中に処処に六道並びに四聖を載すと雖も、法華経並びに天台大師所述の摩訶止観等の明鏡を見ざれば、自具の十界・百界千如・一念三千を知らざるなり。

問うて云く法華経は何れの文ぞ、天台の釈は如何。答えて曰く法華経第一(巻)方便品(注1)に云く「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」等云云。是は九界所具の仏界なり。
寿量品に云く「是くの如く我成仏してより已来甚大に久遠なり寿命・無量阿僧祇劫、常住にして滅せず。諸の善男子、我本菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命今猶未だ尽きず復上の数に倍せり」等云云。此の経文は仏界所具の九界なり。
経に云く「提婆達多乃至天王如来」等云云、地獄界所具の仏界なり。
経に云く「一を藍婆と名け乃至汝等但能く法華の名を護持する者は福量るべからず」等云云、是れ餓鬼界所具の十界なり。
経に云く「竜女乃至成等正覚」等云云、此れ畜生界所具の十界なり。
耨多羅三藐三菩提を得べし」等云云、修羅界所具の十界なり。
経に云く「若し人仏の為の故に乃至皆已に仏道を成ず」等云云、此れ人界所具の十界なり。
経に云く「大梵天王乃至我等も亦是くの如く、必ず当に作仏することを得べし」等云云。此れ天界所具の十界なり。
経に云く「舎利弗乃至華光如来」等云云、此れ声聞界所具の十界なり。
経に云く「其の縁覚を求むる者、比丘比丘尼乃至合掌し敬心を以て具足の道を聞かんと欲す」等云云、此れ即ち縁覚界所具の十界なり。
経に云く「地涌千界乃至真浄大法」等云云、此れ即ち菩薩所具の十界なり。
経に云く「或説己身或説他身」等云云、即ち仏界所具の十界なり。

ここで大聖人は『 問うて曰く自他(自分・他人)面の六根共に之を見る。彼此の十界に於ては未だ之を見ず、如何が之を信ぜん』と、敢えて論難を立ててから、己心の十界についてさらに深く論を展開していきます。

『答えて曰く法華経法師品に云く「難信難解」宝塔品に云く「六難九易」等云云、天台大師云く「二門悉く昔と反すれば難信難解なり」。
章安大師云く「仏此れを将て大事と為す何ぞ解し易きことを得可けんや」等云云、伝教大師云く「此の法華経は最も為れ難信難解なり随自意の故に」等云云。
(中略)
『答う数ば他面を見るに或時は喜び或時は瞋り或時は平に或時は貪り現じ、或時は癡現じ或時は諂曲なり。瞋るは地獄・貪るは餓鬼・癡は畜生・諂曲なるは修羅・喜ぶは天・平かなるは人なり。
他面の色法に於ては六道共に之れ有り。四聖は冥伏して現われざれども委細に之を尋ねば之れ有る可し。

 問うて曰く六道に於て分明ならずと雖も粗之を聞くに之を備うるに似たり。四聖(注2)は全く見えざるは如何。
答えて曰く前には人界の六道之を疑う、然りと雖も強いて之を言つて相似の言を出だせしなり。四聖も又爾る可きか試みに道理を添加して万か一之を宣べん。
所以に世間の無常は眼前に有り豈人界に二乗界無からんや。無顧の悪人も猶妻子を慈愛す菩薩界の一分なり。但仏界計り現じ難し、九界を具するを以て強いて之を信じ疑惑せしむること勿れ。法華経の文に人界を説いて云く「衆生をして仏知見を、開かしめんと欲す」。涅槃経に云く「大乗を学する者は肉眼有りと雖も名けて仏眼と為す」等云云。
末代の凡夫、出生して法華経を信ずるは、人界に仏界を具足する故なり

注1:法華経巻一、方便品第二 
[原文]
舎利弗。云何名諸仏世尊。唯以一大事因縁故。出現於世。
諸仏世尊。欲令衆生。開仏知見。使得清浄故。出現於世。
欲示衆生。仏知見故。出現於世。
欲令衆生。悟仏知見故。出現於世。
欲令衆生。入仏知見道故。出現於世
[和訳]
舎利弗よ、いかなるにより諸の仏世尊は、唯、一大事因縁の故を以て、この世に出現したと名づくのか。
諸の仏世尊は、衆生をして、仏知見を開き、清浄なることを得さ使めんとしてこの世に出現したのだ。
衆生をして、仏知見を示さんと欲して、この世に出現したのだ。
衆生をして、仏知見を悟らしめんとして、この世に出現したのだ。
衆生をして、仏知見に入らせしめんとして、この世に出現したのだ。

注2:四聖   衆生は通常、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六道の境涯を流転している。その六道から脱した次の四つの境涯を指す。声聞(仏の声を理解し、又他へ聞かせる境涯)、縁覚(独覚とも言う。自らの力で縁に触れ一定の悟りを得る境涯。例えばニュートンがリンゴが木から落ちるのを見て万有引力の法則を発見したことの様な境涯)、菩薩(他者を救済しようとする境涯。)、仏界(釈尊は法華経で、全ての衆生は仏界を有しており、それを開き悟ることで仏になると解き明かした)


観心本尊抄 要点解説 その七に続く





by johsei1129 | 2016-11-18 21:15 | 観心本尊抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
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