日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 11月 17日

観心本尊抄 要点解説 その五

日蓮大聖人は本抄冒頭で天台大師の最高峰「摩訶止観」(天台大師の説法を弟子の章安が筆録)を引用し、天台教学の中核「一念三千」の法門を示し、衆生に仏界の生命が存在することを詳細に解き明かします。

『摩訶止観第五に云く、 「夫れ一心に十法界を具す。一法界に又十法界を具すれば百法界なり。一界に三十種の世間を具すれば百法界に即三千種の世間を具す。世間と如是と一なり、開合の異なり。此の三千、一念の心に在り。若し心無んば已みなん。介爾(けに)も心有れば即ち三千を具す。乃至、所以(ゆえ)に称して不可思議境と為す意此に在り」等云云。或本に云く「一界に 三種の世間を具す」と。』

続いて一念三千は有情・非情に亘る事を、問答方式で順次解き明かします。

『問うて曰く百界千如と一念三千と差別如何、答えて曰く百界千如は有情界に限り一念三千は情非情に亘る。不審して云く、非情に十如是亘るならば草木に心有つて有情の如く成仏を為す可きや如何。
答えて曰く、此の事難信難解なり。天台の難信難解に二有り。一には教門の難信難解、二には観門の難信難解なり。其の教門の難信難解とは、一仏の所説に於て爾前の諸経には二乗、闡提は未来に永く成仏せず、教主釈尊は始めて正覚を成じ、法華経迹本二門に来至し給い彼の二説を壊る。一仏二言水火なり、誰人か之を信ぜん。此れは教門の難信難解なり。

観門の難信難解は百界千如一念三千にして、非情の上の色心の二法十如是是なり。爾りと雖も木画の二像に於ては、外典内典共に之を許して本尊と為す。其の義に於ては天台一家より出でたり。草木の上に色心の因果を置かずんば、木画の像を本尊に恃み奉ること無益なり。

疑つて云く、草木国土の上の十如是の因果の二法は何れの文に出でたるや。答えて曰く、止観第五に云く「国土世間亦十種の法を具す。所以(いわゆる)悪国土・相・性・体・力」等と云云。釈籤(※)第六に云く「相は唯色に在り、性は唯心に在り、体・力・作・縁は義色心を兼ね、因果は唯心・報は唯色に在り」等云云。金ぺい論(※)に云く「乃ち是れ一草・一木・一礫・一塵・各一仏性・各一因果あり縁了を具足す」等云云。

注(※)釈籤:中国天台第六祖・荊渓湛然(妙楽大師)の著述で、天台『法華玄義』の註釈書。
注(※)金ぺい論:妙楽大師の著述、「金錍論十不二門」の略名。

観心の本尊抄 要点解説その六に続く






by johsei1129 | 2016-11-17 19:02 | 観心本尊抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
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