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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 09月 20日

【一代五時鶏図  その五】

【一代五時鶏図  本文】その五 

|--主上 |--二天
|--主-------|--天尊 |--大梵天
|--世尊    違はば八虐 |---天竺--|--第六天
|--法王     -----------------------|    |--帝釈天
       |---国王 |--師子頬王
       |--人王 |--浄飯王
       |--天王
釈尊    |--三皇
   |---震旦    |--五帝
|--三王等

                          |---日本国--神武天皇


違はば七逆
|-師----- 師匠 ---------------|---外道師----|---三仙----う迦毘羅、楼僧伽、勒沙婆
      |---六師
|---外典師-----|---四聖------|--尹喜
|--周公旦 |---務成
|--孔子 |---老たん
|-- 顔回 |---呂望


|--世尊 |--三界特尊                 |--理性の子 結縁の子
今此三界 皆是我有    其中衆生 悉是吾子
文句の五に云く「一切衆生等しく仏性有り。仏性同じきが故に等しく是れ子なり」

   |--娑婆有縁仏 
而今此処 多諸患難 唯我一人 能為救護
玄の六に云く「本、此の仏に従つて初めて道心を発し、亦此の仏に従つて不退の地に住す」

文句の六に云く「旧は西方の無量寿仏を以て長者に合す今は之を用いず。西方は仏別に縁異り仏別なる故に隠顕の義成ぜず縁異る故に子父の義成ぜず、又此の経の首末全く此の旨無し眼を閉し穿鑿せよ。舎那の著脱近く尚知らず弥陀は遠きに在り何ぞ嘗て変換せん」云云。

記の六に云く「西方等とは弥陀・釈迦の二仏既に殊なり豈弥陀をして珍玩の服を隠さしめ乃ち釈迦をして弊垢の衣を著せ使めん状、釈迦珍服の隠す可き無く弥陀唯勝妙の形なるに当る。況や宿昔の縁別に化導同じからざるをや。結縁は生の如く成就は養の如し生養の縁異れば父子成ぜず。珍弊途を分ち著脱殊に隔る消経事闕けて調熟の義乖く当部の文永く斯の旨無し。舎那著脱等とは舎那の動ぜずして而も往くに迷う。弥陀の著弊は諸教に文無し、若し平等意趣を論ぜば彼此奚ぞ嘗て自ら矜らん。縦い他を我が身とするも還つて我が化を成す我他の像を立つれば乃ち他縁を助く、人之を見ざれば化縁便ち乱る。
 故に知んぬ夫の結縁とは並に応身に約することを我昔曾て二万億等と云うが如し。況や十六王子始縦り今に至つて機感相成し任運に分解す。是の故に彼の弥陀を以て此の変換と為す可からず」と。


【一代五時鶏図  本文】その六に続く 






by johsei1129 | 2016-09-20 19:48 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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