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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 25日

【一代五時鶏図  その五】

【一代五時鶏図  本文】その五 


釈尊
     |--主上      
-------|--天尊      

    |--世尊   違はば八虐
    |--法王    
     |--国王

    |--人王
    |--天王


    |--二天  魔醯修羅(まけいしゅら)天・毘紐(びちゅう)天

    |--大梵天

 天竺--|--第六天

    |--帝釈天

    |--師子頬(ししきょう)王

    |--帝釈天

    |--浄飯王


     |--三皇
 震旦   |--五帝
     |--三王等


 日本国--神武天皇

       違はば七逆
---師匠 ----|---外道師----|---三仙----|--迦毘羅(かぴら)

             |---六師  |--漚楼僧伽(うるそうぎゃ)

                   |--勒沙婆(ろくしゃば)


      |---外典師-----|---四聖------|--尹喜(いんき)
             |--周公旦   |---務成(むせい)
             |--孔子    |---老聃(ろうたん)
             |-- 顔回    |---呂望(りょぼう)


親 違はば五逆 八親

        六親


 |--世尊 |--三界特尊       |--理性の子 結縁の子
今此三界 皆是我有    其中衆生 悉是吾子
       |--二十五有

 

 文句の五に云く「一切衆生等しく仏性有り。仏性同じきが故に等しく是れ子なり」

    |--娑婆有縁仏 
 而今此処 多諸患難  唯我一人 能為救護
 玄の六に云く「本(もと)此の仏に従つて初めて道心を発し、亦此の仏に従つて不退の地に住す」

 文句の六に云く「旧は西方の無量寿仏を以て長者に合す。今は之を用いず。西方は仏別に縁異り、仏・別なる故に隠顕の義成ぜず。縁異なる故に子父の義成ぜず。又此の経の首末に全く此の旨無し。眼を閉(とざ)し穿鑿(せんさく)せよ。舎那の著脱(ちゃくだつ)近く尚知らず。弥陀は遠きに在り、何ぞ嘗て変換せん」云云。


 記の六に云く「西方等とは弥陀・釈迦の二仏既に殊なり。豈・弥陀をして珍玩(ちんがん)の服を隠さしめ乃ち釈迦をして弊垢(へいく)の衣を著せ使めん。然も釈迦は珍服の隠す可き無く、弥陀唯勝妙の形なるに当る。況んや宿昔の縁・別に、化導同じからざるをや。結縁は生の如く、成就は養の如し。生養の縁異なれば父子成ぜず。珍弊途を分ち、著脱殊に隔たる。経を消する事闕(か)けて調熟の義乖(そむ)く。当部の文に永く斯の旨無し。舎那著脱等とは舎那の動ぜずして而も往くに迷う。弥陀の著弊(ちゃくへい)は諸教に文無し。若し平等意趣を論ぜば彼此奚(いずくん)ぞ嘗て自ら矜(ほこ)らん。縦い他を我が身とするも還つて我が化を成す。我・他の像を立つれば乃ち他縁を助く。人之を見ざれば化縁便ち乱る。
 故に知んぬ、夫(か)の結縁とは並びに応身に約することを。我・昔曾て二万億等と云うが如し。況んや十六王子の始縦(はじめ・よ)り今に至つて機感相成し任運に分解するをや。是の故に彼の弥陀を以て此の変換と為す可からず」と。


【一代五時鶏図  本文】その六に続く 




by johsei1129 | 2019-10-25 22:26 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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