一「教のみ有って得道無し」とは。
啓蒙に云わく「爾前の大小・権実・顕密は倶に教は有れども無得道なり」と。
私に云く、此の義不可なり。「大小・権実・顕密」とは法華経も共に収めて爾と云うなり。是れ則ち爾前も法華経も無得道と云うなり。
されば南条抄に「余経も法華経もせんなし」等云云。
一「弗舎密多羅王」の事。具に啓蒙の如し。
一「本門の三箇の法門」の下。
啓蒙に云わく「本門の言は迹化迹門の弘通に対して、末法の本化弘通の規模を顕さんが為なり。又『予が読む所の迹には非ず』と簡ぶが如く、宗家の本迹は本が家の迹にして、一妙法の上の本有の徳用なれば、一部唯本の意にて、本門の三大秘法と名を立つる義と両向を以て意得べきなり。是れ則ち相待絶待の意なり」と。
又健抄に云わく「略を捨つる時は寿量品も捨つるなり。是れ相対の意なり。宗家の本迹は本地所証の妙法が家の本迹にして、本有の迹覚本覚を帰示せる体徳の妙用なれば、妙法即本迹、本迹即妙法にして不可思議の重なり。是れ則ち絶待の妙の意なり」云云。又啓蒙に云わく「逆縁の正意の方に約して広宣流布を点示するなり」云云。
私に云わく、三箇の法門、三大秘法抄にあり。是れ則ち一箇の相承なり。夫れ本尊とは、総別・人法等と種々の分別あり云云。さて本迹の沙汰は一往再往ともに勝劣なり。総じて五重の勝劣あり。一には内外相対、二には大小相対、三には権実相対、四には本迹相対、五には種脱相対の法門なり。是くの如き重々の相対の上に下種の法を顕すなり。文底とは是れなり。
一 此の御書は正本に年号月日なし。「土木殿へ」ともなし。後人之を加う。さて年号月日の事は二説あり。一は文永十一甲戌五月二十四日、二に同じき正月二十四日と云云。中に於て五月と云う事分明なり。十三丁、往いて見よ。正本は中山に有り。
一 此の法華経は爾前の諸経・諸宗に超過して勝れたることを判ず。
付けたり、諸宗の立義の事、初丁。
付けたり、已今当の三字第一なる事、二丁ウ。
付けたり、諸経に已今当相似の文を会する事、三丁ヲ。
付けたり、所対を見て経々の勝劣を弁ずべきこと、三丁ウ。
一 教主の有縁無縁の判四丁ヲウ。「今法華経」の下、一に権果に約し、二に迹因に約し、三に本果に約す。
付けたり、大日如来・阿弥陀如来は我等が本師釈尊の所従なる事、五ヲ。
付けたり、弥陀・釈迦とは宿昔の生養縁異なりて父子の義を生ぜざる事、五ヲ。
付けたり、華厳経の十方台上の盧舎那、大日経・金剛頂経の両界の大日、多宝の脇士の事、五ウ。
付けたり、多宝も釈迦の所従の事、五ウ。
付けたり、釈尊の忌日を他仏に替うるは誤りなる事、六ウ。
つづく
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