一 「況滅度後」等を引き付けて本迹決疑抄(注:日澄著)に云わく「出離生死の要法たる本門寿量の題目を弘通したもう処に、或は悪口し罵詈せられ、或は『及加刀杖』の難を蒙り給うこと、誠に法師品に云う『況滅度後』の金言、勧持品の二十行の偈に少しも違わざることを自讃して遊ばし候時、『末法の中には日蓮を以て正と為す』と判じ給えり。全く迹門を以て出離の要法の故に『末法には日蓮を以て正と為す』と判じ給うには非ず」文。
啓蒙の二十・十四に云わく「彼の本尊抄の引文に、法師品の『而も此の経は』等云云。今文に『況滅度後』等云云。証文を引くこと全く同じ。されば『而も此の経は』の言は正宗八品の正体を指し『令法久住』の文、亦『付嘱有在』の文も同じく正宗八品の題目を指すなり。妙楽の云わく『略して経題を挙ぐるに玄に一部を収む』文。此の文も正宗八品を末法流布の正体として引き給う」云云。
私に云わく、是の義は正宗八品を正体とすると見えたり。今謂わく、正宗八品の題目、是れ正体なり。全く八品を正体とするに非ず。其の上八品は是れ下種に非ず、題目を以て下種とするなり。爾りと雖も是れ末法の下種とはならず、我等が為には無得道なり。
一 一の問答に二、次に問、次に答。答に又二。初めに標、次に釈。
つづく
私記目次 日寛上人 文段目次