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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 06月 12日

 妙法曼荼羅供養抄見聞筆記 終 曼陀羅の一名に三の名を含む。謂く、輪円具足・功徳聚(くどくじゅ)・道場なり。此の三は即ち三箇の秘法なり。


一 されば此の良薬を持たん女人等

  此の下は第三、(けっ)(かん)なり。此れ則ち本尊の説法を明かすなり。此の文の意は「是の()き良薬を、今(とど)めて(ここ)()く、汝取って服すべし」の経文の意なり。

  御義口伝に云く「服するとは唱え奉る事なり、服するより無作(むさ)の三身なり、始成正覚の病患(びょうげん)(いゆ)るなり」文。

  今の御文言の(こころ)云わば、南無妙法蓮華経と唱え奉る女人は無作三身なり、故に(ぼん)()有大の病患(いゆ)るなり。「此の四人の大菩薩等」とは、南無妙法蓮華経の(ほか)に別に四大菩薩無く、四大菩薩を離れて別に妙法無きが故なり。是れ(すなわ)ち人法体一の本尊なり。一体なりと雖も、(しか)も人法宛然(おんねん)なり。

  今、人法各別にして之を論ぜば、妙法は体なり、本なり。四菩薩は(ゆう)なり(しゃく)なり。次下の(たとえ)の意は、即ち体用・本迹なり。

(また)一体にして之を論ぜば四菩薩とは四徳()()(みつ)なり。()(しょう)()の九に云く「亦四徳を表す。上行は()を表し、無辺行は常を表し、浄行は浄を表し、安立(あんりゅう)(ぎょう)は楽を表す。有る時は一人に此の四義を()す。二死の(おもて)に出ずるを上行と名づく。(だん)(じょう)(きわ)()ゆるを無辺行と称す。五住の()(るい)を超ゆるを浄行と名づく。道樹にして徳(まどか)なる故に安立行と名づくるなり」文。

  御義口伝上に云く「南無とは楽波羅蜜・妙法とは()波羅蜜・蓮華とは浄波羅蜜・経とは常波羅蜜なり」文。所詮しょせん、四菩薩も妙法も四徳波羅蜜の故に人法体一なり、また地水火風空の五大に約しても一体なり。

  故に今、人法体一の義に約して「前後左右に(たち)そひて」と遊ばし、(また)譬の意は、本有常住の本迹に約して各別に遊ばすと見えたり。()此の妙法を離れて別に四大菩薩有りと云わば、(ほん)()(こん)()の四大菩薩なるべし。故に「釈迦・多宝」の「()(かん)()」を(こうむ)るなり。(いか)でか其の義あるべき。其の義なくば、この妙法を離るべからざるなり。「女人」とは妙法受持(じゅじ)の女人なるが故に(ほん)()無作の妙法なり。南無妙法蓮華経なり。  

一 曼()羅供養抄。

  (ぼん)()は多含の故に、別して梵語を挙げて三名を含むる事。「摩訶」の名に三名を含む。(いわ)く、大・多・勝なり。此の三は即ち三諦なり。故に「摩訶止観」と云う。()(ぎょう)の一上七の意なり。今亦(しか)なり。曼陀羅の一名に三の名を含む。謂く、輪円具足・()徳聚(どくじゅ)・道場なり。()の三は即ち三()の秘法なり。  

一 光明讃歎品の(しょ)に云く「又善女天に対することは男天は陽にして(ごん)を表し、女天は陰にして実を表す。実智は()く衆善を生ず。善生ずるが故に(よろ)しく善女に対すべし」云云。



 曼()羅供養抄(おわ)んぬ。

  ()(ざん)二十六()(ほう) 

   日 寛  在判



御書文段 目次



by johsei1129 | 2016-06-12 20:23 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)


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