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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 06月 07日

 妙法曼荼羅供養見聞筆記 四 取要抄に云く「諸病の中には法華経を謗ずるが第一の重病なり、諸薬の中には南無妙法蓮華経は第一の良薬なり」


一 此の大曼陀羅

  此の下は次に流布の時節を明かす、亦二。初めに正像未弘(みぐ)を明かし、次に「今の世」の下は末法流布を明かすなり。初めの文に亦二。初めに並べて標し、次に「(やまい)によりて」の下は(まさ)しく正像未弘を明かすに二。初めに未弘の所以(ゆえん)を標し、次に「仏滅後」の下は所以を釈す中に三。初めに病の浅深、次に「智者と申す」の下は医師(くすし)、三に「彼の宗宗」の下は薬なり。  

一 仏滅後(めつご)・二千二百二十余年

  問う、御本尊に或は「二千二百二十余年」とあり(あるい)は「二千二百三十余年」とあり。又御書にも此の両説あり。啓蒙二十巻終に(つぶさ)之を挙ぐるなり。此の両説の相違は如何。

  答う、()の啓蒙の意に云く、諸御書の「三十」は一点の誤りにて、実には「二十余年」なるべし。御本尊の「三十余年」は、御本意の(ごく)を定規として遊ばすなるべし。弘安五年まで二千二百三十一年なりと云云。

  周の(ぼく)(おう)の四十五年(きのえ)()、仏の御歳七十二歳にて法華経を説きたもう。同帝五十二年(かのと)(ひつじ)まで八箇年なり。明くる年壬申(みずのえさる)二月十五日に八十歳御入滅なり。仏、神力品を説いて上行菩薩に()(ぞく)したもう事は、穆王の治五十年己巳(つちのとみ)年、仏の御歳七十七の時なり。是れによって取れば、弘安元年(つちのえ)(とら)まで二千二百三十余年なり。弘安二年より三十余年なり。御本尊を遊ばすに付いて佐渡已後(いご)の義あり。(また)一機一縁の為、或は随他意に約す等の事あり。(つぶさ)には本尊抄の記に云云。  

一 (やまい)によりて薬あり

  経に云く「(しか)も病者に於て心則ち(ひとえ)に重し」文。罪業・煩悩を以て、病者に(たと)うる経文なり。

  取要抄に云く「諸病の中には法華経を(ぼう)ずるが第一の重病なり、諸薬の中には南無妙法蓮華経は第一の良薬なり」。

  経に「()好良(こうろう)(やく)」と云う。  

一 華厳(けごん)の六相十玄

  問う、正像二千年の間は、小権迹の法の弘通の時なり。故に倶舎(くしゃ)(じょう)(じつ)三論(さんろん)法相(ほっそう)・浄土・天台宗の能弘の人は医者(くすし)なり。所弘の法は薬なりと云わるべし。真言は一代の経に(そむ)き、教主に二仏を立てて(けん)(みつ)の二道を判じ、法華経の一念三千・即身成仏を盗む。華厳宗も(また)、法華経の一念三千を盗み取る。禅宗は一向に仏説に()らず。是等の宗々は、仏説に()(はい)する妄語の宗なるが故に医者に(あら)ず、薬法に非ざるなり。何ぞ今此れを薬法と云うや。

  答う、()しは破し、若しは立つ、皆これ法華の意なり。今は末法に対して、一往与えて薬と云うなり。再往、実には法薬に非ざるなり。

  例せば国家論には、(ほう)(ねん)を破せんが為に、浄土の三師は()(ぜん)経に於て勝劣を判じ、法華・真言を(ぞう)(ぎょう)とは云わずと判じたもう。恵心の往生要集をも、(のち)に一乗要決を作る前方便なる故に(ごん)を先とし実を後にす(あたか)も仏の如しと(しょう)(たん)したもう。此れは一往なり。

  諸御書に浄土の三師並びに恵心の往生要集を破したもう。是れ再往(さいおう)の実義なり。

  安国論には、天台・真言を以て一具と為し、法然を破したもう。(しか)(まこと)には真言宗を破せんが為の序分(じょぶん)なり。今は一往許すのみ云云。


                    つづく

 御書文段 目次



by johsei1129 | 2016-06-07 21:33 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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