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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 06月 01日

法華取要抄私記 五 末法の初めに法華経の要法を流布せしむるの由来を弁ず


一 「又果位を以て」の下

 五あり。初めに諸仏と釈尊との遠近(おんごん)(ただ)す。

 二に「大日如来」の下は諸仏が釈尊の所従なることを明かす。

 三に「此の土」の下は有縁・無縁を判ず。

 四に「而るに()る人師」の下は他破。

 五に「寿量品」の下は引文なり。

 第二の文に二。初めに十方(じっぽう)の諸仏が釈尊の所従なることを明かし、二に「華厳経」の下は別して多宝も所従なることを明かすなり。

 此の文に二。初めに華厳の()(しゃ)()等は多宝の(きょう)()なることを明かし、二に正しく多宝が所従なることを判じたまうなり。

一 我等が本師

久遠本果の(さん)(じん)如来なり。今日の本果には非ざるなり。

一 天月の万水に(うか)ぶ。

  寿量品に云く「(あるい)は他身を説き」等文。「名字不同」の文云云。

一 釈尊の愛子

  寿量品の「(ある)いは本心を失える、或いは失わざる者」なり。

一 盲者(もうしゃ)見えず

  (せん)の三・百九、記の四本二十に云く「此れ盲者の(あやまち)にして日月の(とが)に非ず」文。大論八の「日()ずれども盲人見えず。便(すなわ)ち世間に日月有ること無しと()う。何の咎か有らんや。又雷電地震聾人(ろうじん)は声を聞かざるが如し。声に何の咎有らんや」文。

一 二月十五日

御入滅に縁有る事。涅槃(ねはん)経三十巻に出でたり。性抄(しょうしょう)十一・十七云云。

一 「問うて云く法華経」の

  第三に末法の初めに法華経の要法を流布(るふ)せしむるの由来を弁ずとは、此の文に三あり。

  初めに総じて在世の法華の儀式は滅後の(ため)なることを明かす。

  二に「問うて云く如来」の下は、末法には法華の要を取って()(つう)すべきの由を弁ず。

  三に「疑つて云く」の下は、末法の始めは上行(じょうぎょう)出世して此の法を流布する時なることを明かす。

初めの文に三。

初めに法華の迹は末法の為なることを明かす。

二に本門の正宗(しょうしゅう)は一向に末法の為なることを明かす。

三に「疑つて云く多宝」の下は、多宝の証明(しょうみょう)等は末法の為なることを明かすなり。

初めの迹の中に三、初めの一の問答は正しく(ぼう)(しょう)を判じ、二の問答は証文、三の一問答は()(さん)の意なり。

証文の中に二。初めには末法を以て(しょう)と為すの証文、二には日蓮を以て正と為すの証文なり。

次に本門の中に三。初めに正しく(ぼう)(しょう)を判じ、二には広く二義を釈す、三は(いん)(もん)なり。釈の中に二あり。

第二の文に二。

初めに末法は要法に限ることを明かす。

二には広略(こうりゃく)を捨てて要法を取る。

初めの文に三。

初めの一問答は、天台・伝教等の未弘(みぐ)の秘法を示す。

二の一問答は、天台・伝教の此の法を弘通せざる(よし)釈す。

三の一問答は、正しく末法は(ただ)要法に限ることを明かすなり。

第三の文に三。初めに末法の初めに要法流布(るふ)の先相有ることを明かす、二には二問答は、大中小の難の起る事の因縁(いんねん)なり。

第一の文に二。初めに文を(いだ)し、二には其の相を弁ず。

第二の文に二。初めに文を出し、二に上行(じょうぎょう)出世の時を明かすなり。


                   つづく



本書目次                            日寛上人 文段目次



by johsei1129 | 2016-06-01 21:55 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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