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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 05月 20日

妙法曼荼羅供養抄記 四  四悉檀を以て女人成仏を釈す


一 一切の女人の成仏の印文なり

  御書の十九・十五に云わく「後五百歳の南閻(なんえん)()(だい)の一切の女人、法華経を一字一点も説の如く信じ行ぜば、本時(どう)()の安楽世界に住すべし」となり。

  十九は薬王品の文を消釈す。前後(みな)薬王品の文意に由る。経に云く「若し女人有って、是の(やく)(おう)菩薩(ぼさつ)本事(ほんじ)(ほん)を聞いて、()く受持せん者は(乃至)後の五百歳の中に、若し女人有って、是の経典を聞いて、説の如く修行せば、此に於て命終(みょうじゅう)して即ち安楽世界に()いて」云云。

  問う、(まさ)に「一切衆生の成仏の印文」と云うべし。何ぞ「一切の女人」と云うや。

  答う、実に所聞の如し。実に是れ一切衆生の成仏の印文なり。然るに「女人」と云うは、(ここ)に四義あり。

  一には、本尊供養の()(しゅ)は女人なるが故に、別して女人を歎じて歓喜を生ぜじめたもうなり。

  二には、難成(なんじょう)を挙げて()(じょう)(きょう)するなり。(いわ)く、爾前四十余年の意は女人の成仏を許さず、過失多き故なり。

  御書十九・五十九の如し。云く「男子・女人其の性(もと)より(わか)れたり・火はあ()たかに・水はつめたし・海人(あま)は魚をとるに・たくみなり。山人(かりうど)は鹿をとるに・かしこし。女人は物をそね()むに・かしこしとこそ経文には・あかされて候へ、いまだ()かず、仏法に・かしこしとは、女人の心を清風に(たと)えたり風はつなぐとも・とりがたきは女人の心なり、女人の心をば水にゑが()くに譬えたり、水面には文字とどまらざるゆえなり、女人をば(おう)(にん)に譬えたり。(ある)(とき)(まこと)なり或時は(きょ)なり。女人をば河に譬えたり・一切()がられる・ゆへなり」と。 

  涅槃経に云く「一切の江河必ず()(ごく)有り。一切の女人必ず諂曲(てんごく)有り」云云。

華厳経に云く「女人は地獄の使なり。能く仏の種子を断つ。()(めん)は菩薩に似て、内心は()(しゃ)の如し」云云。

(ごん)(じき)(にょ)経に云く「三世の諸仏の眼は抜けて大地に落つるとも、法界の女人は永く成仏の()無からん」云云。又「女人は大鬼神なり、能く一切の人を(くら)」とも説かれたり。

  (たいらの)(かね)(もり)の歌。みちのく()(とりの)(こおり)くろづかと云う所に、重之が妹数多(あまた)ある故。

みち()のく()のあだちが原の黒つかに 鬼こもれりと云うはまことか

むぐらおいあれたる宿のうれたきに(さびしきに) ひまなく鬼のすだ()くなりけり   業平(なりひら)

あれにけりあわれ(いく)()の宿なれや 住みけん人のをとずれもせず 云云。この歌の返しなり。
   ( 注:この二首は詠み人知らずとして伝えられる。業平の作にあらずか)

竜樹の大論には「一度女人を見れば永く地獄の(ごう)を結ぶ」云云。

 善導(ぜんどう)和尚は謗法なれども女人を見ずして一期生なり云云。

  華厳の(ちょう)(かん)、十願の中に第三に「目に女人を見ざらん」云云。

  南山大師云く「四百四種の病は宿食を根本とし、(さん)()八難の苦は女人を根本とす」と。

高野(こうや)(さん)も女人禁制の山と聞く。

 又女は()(しょう)(さん)(じゅう)(さわり)あり。(えい)(けい)()(さん)(らく)をえたるも、女人の身と生れざるを一の(たのしみ)といえり。

 ()くの如く爾前の諸経に(きら)われたる女人なれども、此の妙法の曼陀羅の力用(りきゆう)に依って竜女のごとく成仏す。(いか)(いわん)や男子をや。故に難成(なんじょう)を挙げて()(じょう)を顕す故なり。  

  三には、末代悪世の衆生は、男女(とも)に女人と名づくるなり。

 是れ即ち悪世の衆生は、男女ともに法華経の行者を怨嫉(おんしつ)する故なり。「()()怨嫉(ソネミアダム)」の故なり。

男女(とも)に清風の(ごと)き故。世の中を渡り、波風もなし。

男女倶に水に()をかく如くなる故。行く水。信心の心留まらざるが故に。

 男女倶に狂人の如くなるが故に。慶安の(はなし)の事。

 男女倶に川の如く曲りたるが故に。泰時青戸左衛門の事、今(これ)に反す。

華厳経に云わく「女人は地獄の使いなり。能く仏種を()つ」云云。「若し人、信ぜずして此の経を()(ぼう)せば、則ち一切世間の仏種を断ぜん」と。故に知んぬ、男子も女人なり。

涅槃経に云わく「一切の江河必ず()(ごく)有り。一切の女人必ず諂曲(てんごく)あり」と。

「此の娑婆国の中の人は多く(へい)(あく)瞋濁(しんじょく)諂曲(てんごく)にして、心不実なる故に」と。故に知んぬ、皆女人なり。

「悪世の中の比丘(びく)は邪智にして心諂曲なり」と。悪世の比丘も女人なり。

四には、蓮祖の門弟は男女(とも)に女人の如し。その故は仏種を懐妊(かいにん)する故に。

外十六・二十一に云く「末法の(はじめ)に妙法蓮華経の五字流布(るふ)して日本国の一切衆生が仏の下種を懐妊すべき時なり」と。

此の四義は次の如し。世界・()(にん)・対治・第一義なり。


つづく


日寛上人 文段目次



by johsei1129 | 2016-05-20 22:25 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)


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