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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 05月 11日

日蓮大聖人が禅僧・蓮盛を16の問答で破析した書【蓮盛抄(禅宗問答抄)】

【蓮盛抄】
■出筆時期:建長七年(1255年) 三十四歳御作
■出筆場所:鎌倉 松葉ヶ谷の草庵と思われます。
■出筆の経緯:本抄は立宗二年後に著された書で、当時鎌倉武士に広まっていた禅宗を16の問答形式で破析した書で別名「禅宗問答抄」と称されております。
本抄は「蓮盛」という恐らく禅宗の僧と思われる人物に送られた書で、大聖人は文末で「汝が立義一一大僻見(びゃっけん)なり執情を改めて法華に帰伏す可し、然らずんば豈(あに)無道心に非ずや」と断じられておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

【蓮盛抄 本文】
禅宗云く涅槃の時・世尊座に登り拈華(ねんげ)して衆に示す迦葉・破顔微笑せり、仏の言く吾に正法眼蔵・涅槃の妙心・実相無相・微妙(みみょう)の法門有り文字を立てず教外に別伝し摩訶迦葉(まかかしょう)に付属するのみと、問うて云く何なる経文ぞや、禅宗答えて云く大梵天王問仏決疑経の文なり、問うて云く件(くだん)の経何(いず)れの三蔵の訳ぞや貞元(じょうげん)・開元の録の中に曾つて此の経無し如何、禅宗答えて云く此の経は秘経なり故に文計(ばか)り天竺より之を渡す云云。

問うて云く何れの聖人何れの人師の代に渡りしぞや跡形無きなり此の文は上古の録に載せず中頃より之を載す、此の事禅宗の根源なり尤も古録に載すべし知んぬ偽文なり、

禅宗云く涅槃経の二に云く「我今所有の無上の正法悉く以て摩訶迦葉に付属す」云云 此の文如何、
答えて云く無上の言は大乗に似たりと雖も是れ小乗を指すなり外道の邪法に対すれば小乗をも正法といはん、例せば大法東漸と云えるを妙楽大師解釈の中に「通じて仏教を指す」と云いて大小権実をふさねて大法と云うなり云云、外道に対すれば小乗も大乗と云われ下﨟(げろう)なれども分には殿と云はれ上﨟(じょうろう)と云はるるがごとし、

涅槃経の三に云く「若し法宝を以て阿難及び諸の比丘に付属せば久住を得じ、何を以ての故に一切の声聞及び大迦葉は悉く当に無常なるべし彼の老人の他の寄物を受くるが如し、是の故に応に無上の仏法を以て諸の菩薩に付属すべし諸の菩薩は善能問答するを以て是くの如きの法宝則ち久住することを得・無量千世増益熾盛にして衆生を利安せん彼の壮(さかん)なる人の他の寄物を受くるが如し是の義を以ての故に諸大菩薩乃ち能く問うのみ」云云、大小の付属其れ別なること分明なり、同経の十に云く「汝等文殊当に四衆の為に広く大法を説くべし今此の経法を以て汝に付属す乃至迦葉阿難等も来らば復当に是くの如き正法を付属すべし」云云、故に知んぬ文殊迦葉に大法を付属すべしと云云、仏より付属する処の法は小乗なり悟性論に云く「人心をさとる事あれば菩提の道を得る故に仏と名づく」菩提に五あり何れの菩提ぞや得道又種種なり何れの道ぞや余経に明す所は大菩提にあらず又無上道にあらず経に云く「四十余年未顕真実」云云。

問うて云く法華は貴賤男女何れの菩提の道を得べきや、答えて云く「乃至一偈に於ても皆成仏疑い無し」云云、又云く「正直に方便を捨て但無上道を説く」云云、是に知んぬ無上菩提なり「須臾(しゅゆ)も之を聞いて即ち阿耨菩提を究竟することを得るなり」此の菩提を得ん事須臾も此の法門を聞く功徳なり、問うて云く須臾とは三十須臾を一日一夜と云う「須臾聞之」の須臾は之を指すか如何、答う件の如し天台止観の二に云く「須臾も廃すること無かれ」云云、弘決に云く「暫くも廃することを許さざる故に須臾と云う」故に須臾は刹那なり。

問うて云く本分の田地にもとづくを禅の規模とす、答う本分の田地とは何者ぞや又何れの経に出でたるぞや法華経こそ人天の福田なればむねと人天を教化し給ふ故に仏を天人師と号す此の経を信ずる者は己身の仏を見るのみならず過・現・未の三世の仏を見る事・浄頗梨(じょうはり)に向ふに色像を見るが如し、経に云く「又浄明鏡に悉く諸の色像を見るが如し」云云。
禅宗云く是心即仏・即身是仏と、答えて云く経に云く「心は是れ第一の怨(あだ)なり此の怨最も悪と為す此の怨能く人を縛り送つて閻羅(えんら)の処に到る汝独り地獄に焼かれて悪業の為に養う所の妻子兄弟等・親属も救うこと能わじ」云云、涅槃経に云く「願つて心の師と作つて心を師とせざれ」云云、愚癡無懺(ぐちむざん)の心を以て即心即仏と立つ豈未得謂得・未証謂証の人に非ずや。

問う法華宗の意如何、答う経文に「具三十二相・乃是真実滅」云云、或は「速成就仏身」云云、禅宗は理性の仏を尊んで己れ仏に均しと思ひ増上慢に堕つ定めて是れ阿鼻の罪人なり、故に法華経に云く「増上慢の比丘は将に大坑に墜ちんとす」禅宗云く毘盧の頂上を踏むと、云く毘盧とは何者ぞや若し周遍法界の法身ならば山川・大地も皆是れ毘盧の身土なり是れ理性の毘盧なり、此の身土に於ては狗・野干の類も之を踏む禅宗の規模に非ず・若し実に仏の頂を踏まんか梵天も其の頂を見ずと云えり薄地争でか之を踏む可きや、夫れ仏は一切衆生に於いて主師親の徳有り若し恩徳広き慈父をh蹋(ふ)まんは不孝逆罪の大愚人・悪人なり、孔子の典籍尚以て此の輩を捨つ況んや如来の正法をや豈此の邪類・邪法を讃めて無量の重罪を獲んや云云、在世の迦葉は頭頂礼敬と云う滅後の闇禅は頂上を踏むと云う恐る可し。

禅宗云く教外別伝(きょうげべつでん)不立文字、答えて云く凡そ世に流布(るふ)の教に三種を立つ、一には儒教此れに二十七種あり、二には道教此れに二十五家あり、三には十二分教・天台宗には四教・八教を立つるなり此等を教外と立つるか、医師の法には本道の外を外経師と云う人間の言には姓のつづかざるをば外戚と云う仏教には経論にはなれたるをば外道と云う、涅槃経に云く「若し仏の所説に順(したが)わざる者有らば当に知るべし是の人は是れ魔の眷属なり」云云、

弘決(ぐけつ)九に云く「法華已前は猶是れ外道の弟子なり」云云、禅宗云く仏祖不伝云云、答えて云く然らば何ぞ西天の二十八祖東土の六祖を立つるや、付属摩訶迦葉の立義已に破るるか自語相違は如何、禅宗云く向上の一路は先聖不伝云云、答う爾らば今の禅宗も向上に於ては解了すべからず若し解らずんば禅に非ざるか凡そ向上を歌つて以て憍慢(きょうまん)に住し未だ妄心(もうしん)を治せずして見性に奢(おご)り機と法と相乖(そむ)くこと此の責尤(せめ・もっと)も親(ちか)し、旁(かた)がた化儀を妨ぐ其の失転多し謂く教外と号し剰(あまつ)さえ教外を学び文筆を嗜(たしな)みながら文字を立てず言と心と相応せず豈(あに)天魔の部類・外道の弟子に非ずや、仏は文字に依つて衆生を度し給うなり、問う其の証拠如何、

答えて云く涅槃経の十五に云く「願わくは諸の衆生悉く皆出世の文字を受持せよ」文、像法決疑経に云く「文字に依るが故に衆生を度し菩提を得」云云、若し文字を離れば何を以てか仏事とせん、禅宗は言語を以て人に示さざらんや若し示さずといはば南天竺の達磨は四巻の楞伽経(りょうがきょう)に依つて五巻の疏を作り慧可に伝うる時、我漢地を見るに但此の経のみあつて人を度す可し汝此れに依つて世を度す可し云云、若し爾れば猥(みだり)に教外別伝と号せんや、次に不伝の言に至つては冷煖二途(れいだんにと)・唯自覚了と云つて文字に依るか其れも相伝の後の冷煖自知なり是を以て法華に云く「悪知識を捨て善友に親近せよ」文、止観に云く「師に値わざれば邪慧日に増し生死月に甚し稠林(ちょうりん)に曲木を曵(ひ)くが如く出づる期有こと無けん」云云、凡そ世間の沙汰尚以て他人に談合す況んや出世の深理寧ろ輙(たやす)く自己を本分とせんや、故に経に云く「近きを見る可からざること人の睫(まつげ)の如く遠きを見る可からざること空中の鳥の跡の如し」云云、上根上機の坐禅は且く之を置く当世の禅宗は瓮(もたい)を蒙つて壁に向うが如し、経に云く「盲冥(もうめい)にして見る所無し大勢の仏及び断苦の法を求めず深く諸の邪見に入つて苦を以て苦を捨てんと欲す」云云、弘決に云く「世間の顕語尚識らず況んや中道の遠理をや円常の密教寧ろ当に識る可けんや」云云、当世の禅者皆是れ大邪見の輩なり、

就中(なかんずく)三惑未断の凡夫の語録を用いて四智円明の如来の言教を軽んずる返す返す過(あやま)てる者か、疾(やまい)の前に薬なし・機の前に教なし・等覚の菩薩すら尚教を用いき底下の愚人何ぞ経を信ぜざる云云、是を以て漢土に禅宗興ぜしかば其の国忽ちに亡びき本朝の滅す可き瑞相に闇証の禅師充満す、止観に云く「此れ則ち法滅の妖怪なり亦是れ時代の妖怪なり」云云。
禅宗云く法華宗は不立文字の義を破す何故ぞ仏は一字不説と説き給うや、答う汝楞伽経の文を引くか本法自法の二義を知らざるか学ばずんば習うべし其の上彼の経に於いては未顕真実と破られ畢んぬ何ぞ指南と為ん。

問うて云く像法決疑経に云く「如来の一句の法を説きたもうを見ず」云云如何、答う是は常施(じょうせ)菩薩の言なり、法華経には「菩薩是の法を聞いて疑網皆已に除く千二百の羅漢悉く亦当に作仏すべし」と云つて八万の菩薩も千二百の羅漢も悉く皆列座し聴聞随喜す、常施一人は見えず何れの説に依る可き法華の座に挙ぐる菩薩の上首の中に常施の名之無し見えずと申すも道理なり、何に況や次下に「然るに諸の衆生出没有るを見て法を説いて人を度す」云云、何ぞ不説の一句を留めて可説の妙理を失う可き、汝が立義一一大僻見なり執情を改めて法華に帰伏す可し、然らずんば豈無道心に非ずや。





by johsei1129 | 2016-05-11 00:02 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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