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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 05月 10日

 如説修行抄筆記 十一 今時は万民一同に題目を唱えざる故に、如説修行の人に大難有るなり。 


一 か()きは多勢なり

仏敵・法敵有り。主師親の釈尊を捨てて余仏を崇重(そうじゅう)するは仏敵なり。諸経中王の法華経を捨てて諸経を信ずるは法敵なり。「法王の一人」は「(ゆい)()一人(いちにん)」の事なり。

一 法華折伏(しゃくぶく)文。

已下は第二の問意に答う。経文(むな)しからざるを明かすに二。初めに結前生後、次に「天下」の下は(まさ)しく虚しからざるを明かす。

一 天下万民・諸乗(しょじょう)一仏乗と

意の云く「現()安穏」とは天下万民一同に題目を唱うる時なり。(しか)るに(こん)()は万民一同に万民(題目)を唱えざる故に、如説修行の人に大難有るなり。

一 人法(にんぽう)共に不老不死

寿量品の説相、之を思え。「常に(ここ)()って滅せず」「常に(ここ)に住して法を説く」と云云。

御書七に云う「日蓮が慈悲(じひ)(こう)(だい)」とは(にん)なり。「南無妙法蓮華経は万年の(ほか)・未来」とは法なり。三世常住の利益(りやく)なれば不老不死なり。

御書三十八巻・二十ヲに「日蓮が三世の大難を以て」等云云。

問う、人の不老不死とは釈尊の如く顕然(けんねん)なり。法の方は常住の故に不死とは云うべし。何ぞ不老というや。

答えて云く、()(ぜん)経の当分に得益を論ずるは(さかん)なるが如し。無量義経に「未顕真実」と説かるるは、得益を滅せんとする時なれば()いたるが如し。今経に至って破廃せらるるは死するが如し。然るに今、此の法華経には()くの如き等の義無し。故に不老不死というなり。経に云く「闘諍(とうじょう)(けん)()白法(びゃくほう)隠没(おんもつ)」と。是れ爾前経の老なり、死なり。今経に云く「(のち)の五百歳の中に広宣流布乃至断絶せしむること無けん」文。是れ法華経の不老不死なり。

(あるい)一重立ち入って今の御文言を拝見せば、人法共に本因本果の(ことわり)われん等と云う事なり。(いわ)く、不老とは釈尊なり。不死とは上行なり。記の九本三に云く「父は久しく先より種智(げん)(ねん)の薬を服せり。父は老いたれども(わか)きが(ごと)し。子は(また)常住不死の薬力を()けたり。少けれども老いたるが若し」等文。

  又御義口伝下三十三に云く「不老は釈尊、不死は地涌の(たぐい)たり」等文。

  不老不死を以て師弟に配すること分明(ふんみょう)なり。師弟は即本因本果なり。

  百六箇に云く「本果妙の釈尊・本因(ほんにん)(みょう)の上行菩薩を()(いだ)す事は一向に滅後末法利益の為なり」文。

  師弟の御本意、人法共に本因妙を以て、末法の衆生を利益(りやく)したもう(ことわり)顕るる時と云う意あり。(いわ)く、本因本果()()の妙法を修行する故に、人も(また)妙因妙果倶時に感得するなり。当巻十四に云云。「法華折伏」已下の御文言、当巻十三ヲを拝し(あわ)すべし。

  当体義抄にいう「正直に方便を捨て」とは、今の「法華折伏」より「法王の家人(けにん)となし」と云うに当るなり。(かしこ)に「法華経を信じ」と云うは、今の「天下万民」より「繁昌(はんじょう)せん時」までに当るなり。(かしこ)に「南無妙法蓮華経」とは、今「万民一同に」より「唱え奉らば」に当るなり。彼に「煩悩・(ごう)・苦」と云うより「即一心に(ことわり)顕われ」までは、今の文の「人法共に不老不死の(ことわり)顕れん時」と云うに当るなり。彼に「其の人の所住の処は(じょう)寂光(じゃっこう)()」とは、「吹く風枝をならさず」已下の文に当るなり。


           つづく


本書目次                    日寛上人 文段目次



by johsei1129 | 2016-05-10 07:38 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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