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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 05月 08日

如説修行抄筆記 九 宗教の五箇を以て三類の強敵を示す


一 問うて云く如説修行等

此の下は行者()(なん)を明かすなり。問に二意あり。(いわ)く、三類の強敵有るを以て知んぬ、如説修行の人に非ざる事を是一。(また)大難有るを以て如説修行の行者と云わば「現世安穏」の経文は妄語(もうご)なりや是二。

答に二意あり。初めに行者値難を明かし、次には経文(むな)しからざるを明かす云云。此の一段の問答(もんどう)開目抄下巻三十九・四十を合せ見るべし。

一 「答えて云く」の()

此の下は行者値難を明かす、二あり。初めに例を()げ、次に「(しか)るに今」の下は値難あることを以て末法の行者なることを明かす。
 初めの文に
亦二。初めに(まさ)く例を挙げ、次に「此れ等の人人」の下は反詰(はんきつ)なり。
 初めに例を挙ぐるに三。初めに現在、二に過去、三に「(じく)道生(どうしょう)」の下は未来なり。是れ(すなわ)ち釈尊の三世なり。

問う、過去・現在と次第(しだい)せざるや。

現顕なるに約して先ず現在を挙ぐるなり。
 御書三十八・十九に云く「日蓮は三世の大難に()い候ぬと存じ候、其の故は現在の大難は(いま)の如し、過去の難は」等云云。
 此れに例して知るべし。

一 (じく)道生(どうしょう)文。

此の下は啓蒙に二義を挙げたり。
 一は、道生等の三人は(つう)()の仏法に付いて難に値うの例に(いだ)したもう云云。
 二は、三人の本意も法華に成るべき故に天台・伝教(いち)()(いだ)したもうと云云。啓蒙の取捨(しゅしゃ)の如く、後の義()なり。今の結文に「(これ)()の仏菩薩」等と云云。
 開目抄下四十に云く「此等は一乗の持者にあらざるか」文。啓蒙九巻、()いて見よ。

一 (しか)るに今の世は等

此の下は()(なん)を以て末法の行者なることを明かす、二あり。初めは値難の所以(ゆえん)なり。次に「日蓮」の下は末法の行者なることを明かす。

問う、()の下は値難の文無し。何ぞ値難を以て末法の行者なることを明かすと云うや。

答う、問難に「如説の行者は現世安穏なるべし」とは、末法の法華経の行者を問うなり。答の(たい)()、先ず在世及び正像二時の法華の行者の値難を(いだ)し、次に「然るに今」と云うは、(まさ)しく末法の行者の値難を述べて問難を答うるなり。「然るに今」等の意に云く「在世及び正像の間の法華の行者、既に値難有り。(いわん)や末法の今は、時を論ずれば闘諍(とうじょう)(けん)()・白法隠没の時なり。国を論ずれば謗法(ほうぼう)の悪国なり。()を論ずれば謗法の悪臣・悪民なり。法を論ずれば邪法なり。師を論ずれば邪師なり。故に正像の行者を見て必ず大難を致す。三類の強敵(ごうてき)有るを以て法華の行者なることを知るべし。『況滅(きょうめつ)度後(どご)』の経文に附合するが故なり」と云う大旨なり。

一 末法の行者、難に値う所以は、時・機・国・法・師、(とも)に悪邪充満するが故なり。正法の行者を見て種々の難をなすなり。(いわ)く、是れ(また)宗教の五箇なり。初めの「闘諍堅固」等とは第三の時なり。「悪国」とは第四の国なり。「悪王・悪臣・悪民」とは第二の機なり。「正法を(そむ)きて」の下は第五の教法流布の前後なり。第一の教を挙げざる事は、(こん)()の弘通第一の勝教なるが故に(ここ)には挙げざるなり云云。


            つづく


本書目次
                   日寛上人 文段目次



by johsei1129 | 2016-05-08 08:16 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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