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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 05月 07日

 如説修行抄筆記 七  興目両師は不惜身命(ふしゃくしんみょう)なり。御相伝に「日目は毎度幡(はた)さしなれば浄行菩薩か。日興先をかくれば無辺行菩薩か。其の外(ほか)の臆病者共等」


一 されば此の経

此れより下は二に弟子檀那を教誡したもうなり。中に於て初めは総じて教誡し、次に「(しか)るに我が弟子」の下は不信の人を挙げ、別して教誡したまうなり。此れに亦二。初めには不信の人を挙げ、次に「(かね)て申さざりけるか」の下は教誡、亦二。初めに(けん)(じつ)の教えを挙げ、次に「予が(あるい)は」の下は重ねて教誡したまうなり云云。此の(たい)()題号に合す。初めは如説、「予が或は」の下は修行なり。(いわ)く、弟子檀那に対し三類の大難有るべしと教ゆるは説法なり。(みずか)ら説の如く大難に()うは修行なり。

一 三類(さんるい)文。

記の八に云く「文に三。初めの一行は通じて邪人を明かす、即ち俗衆(ぞくしゅ)なり。次の一行は道門増上慢(ぞうじょうまん)の者を明かし、三に七行は(せん)(しょう)の増上慢の者を明かす。此の三の中に初めの者は忍ぶ可し。次の者は(さき)に過ぎたり。第三最も(はなは)だし」文。

一 (しか)るに我が弟子等の中にも

檀那を(ひと)しゅうするなり。開目抄下四十六に云く「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば()(ねん)に仏界にいたるべし乃至妻子を()便(びん)と・をもうゆへ現身にわか()れん事を・なげくらん」文。

此の文は初めに弟子、次に「妻子」の下は檀那なり。(また)当巻四十二に「各各(おのおの)我が弟子となの(名乗)らん人人」等文。当抄次上(つぎかみ)に「行者の師弟檀那」と云云。之を以て之を思うに檀那を(ひと)しゅうするなり。興目(こうもく)両師は()(しゃく)身命(しんみょう)なり。御相伝に「日目は毎度(はた)さしなれば(じょう)(ぎょう)菩薩か。日興先をかくれば()(へん)(ぎょう)菩薩か。其の(ほか)の臆病者共等」(新定二七一八)云云。又十七・二十六云云。

一 (あるい)は所を・をわれ

此れは清澄(せいちょう)(ざん)及び鎌倉等の所々なり。七巻二十四に云く「日蓮は(かげ)(のぶ)にあだまれて清澄(きよすみ)山を()でしにかく()しおきてしの()び出でられたり」等云云。

一 或は(きず)(こうむ)

房州(ぼうしゅう)東条小松原の御難なり。文永元年甲子(きのえね)十一月十一日(さる)(とり)の時なり。御書二十巻二十五丁云云。


                つづく


本書目次                     日寛上人 文段目次



by johsei1129 | 2016-05-07 01:33 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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